どうやら、弟さんが中学生になるころ、少しだけ気まずくなってしまったらしい。
 そのころの僕も、家族に対して素っ気なくなっていたから、まあおそらく思春期のようなものだろう。
 でも弟さんは、困ったときはそれとなく助けてくれたり、しっかり誕生日プレゼントはくれたりしていたらしい。
 きっと、根は優しい人なんだろうとは思った。
 彼女は一通り話し終えると、空に向かって深く息を吐く。
 話して、満足したのかな。
 でも、違う気もする。
 どうしてだろう。
 彼女の空を見据える瞳が、風を受けた彼女のワンピースのように揺らいでいたからかな。
 弟さんと、いったいなにがあったんだろうか。
 気にはなるけど、触れてはいけない部分だとも感じていて、どう声をかけたら良いかなんて、分からなかった。
 僕がなにも言わずにいると、彼女は話しを大学のことへ移らせた。
 どうやら、大学でどういうことをしているのか知りたいらしい。
 僕には人を笑わせられるような、面白い話しは持ち合わせていないけど、一応考えてはみる。
 でもけっきょく、授業はありえないほど退屈だとか、学食のハンバーグ定食がうまいだとか、そんなありきたりなことばかりしか言えなかった。
 けれど彼女は、頷いたり、ときおり質問も混ぜたりしながら、風にそよぐ花びらのように柔らかく笑っていた。
 この人は、本当になんでも楽しむことができる人なんだなと、また一つ感心させられていた。
 彼女は、どんなふうに過ごしてきたんだろう。
「哀川さんは今、どんな仕事をされているんですか?」
 話しの流れ的にも、個人的にも気になって聞いてみる。
 そっと、となりを見る。
 けど彼女は答えないで、じっと、彼女は空を見上げていた。
 気づけば、雨は弱くなっていた。
「雨、もう止んじゃうね」
 そう呟いて、彼女はずっと空を見つめている。
 けれど、僕の視線はいつまでも、彼女のままだった。
 彼女は雨が止んだら、帰ると言っていた。
 止んじゃうね、と言っていた。
 それはつまり、まだ帰りたくない、というふうに捉えて良いということなんだろうか。
 期待して、良いんだろうか。
 それでも、口を開くことができなかった。
 彼女から、目を背けてしまう。雨でくしゃくしゃになった靴で足踏みをして、水の抜ける音を鳴らす。
 聞くことなんて、僕にはできないのかもしれない。
 それじゃあまるで僕が、帰りたくない、と言っているみたいだから。