カンカン帽を渡すと、彼女はいっそう目じりを細めた。
お手本のような、とても整った微笑みだった。
「写真、好きなの?」
僕のお腹辺りを見つめていて、それが首からぶら下がっている一眼レフカメラだと分かって、僕は頷いた。
彼女は「そっか」とだけ言った。
表情に出さないように、ほっと一安心していた。
どうやら、なにも気づいていない様子だった。
木のベンチを叩いて、「座ったほうが良いんじゃない」と彼女に言われる。僕は一瞬体を強張らせてしまいながらも、ベンチのほうに歩いた。断るほうが、たぶん変だろうから。
余裕を持って、人二人ぶんくらい離れて腰掛ける。
すると彼女はビニール袋をあさり、なにかを取り出して僕の手に置いた。
くれたのは、チョコレートだった。
「帽子を拾ってくれたお礼に、あげるよ」
僕は会釈をしてから食べると、彼女も同じものを食べる。喉が渇くだろうからと、ついでにコーラもくれた。
拾っただけにしては貰いすぎていて、少し申し訳なくなる。それでも断るのはなんだか気が引けたから、彼女のすることに従うことしかできなかった。
コーラを一口飲んで一息つけば、なんだか笑みが零れていた。
なんとも言えない独特な甘みと強炭酸が、喉の奥で痺れる。ペットボトルをペコペコとへこませながら、黒い液体に目を据える。
そういえば、コーラなんて久しぶりだ。
大学に入ってからというものの、少しかっこつけてコーヒーとか紅茶ばかり飲んでいた。だからなのかは分からないけど、すごくおいしく感じる。いつの間にか半分くらい一気に飲んでいた。
おもわず出そうになるゲップを抑え込んで、つい涙目になってしまうと、彼女は笑顔を浮かべていた。つい目を逸らして、コーラを飲み干していた。
そんなふうにのんびりしていると、隣りから肩を叩かれた。
「もしかして、急ぎの用事とかあった?」
「急ぎではないですけど、この後バイトがあります」
「そっか。傘わすれちゃったから、雨が止むまで話し相手になってもらおうと思ったけど、それなら早く行ったほうが良いよね」
そう、少し眉を垂らして言った彼女。
僕は頬を掻いて、彼女から視線を逸らしてしまう。
それならどうして、そんなふうに笑うんだろう。
そんな些細なことが、僕には気になって仕方がなかった。でもどうして、気になってしまうんだろう。
分からない、分からないけど。
しっかりと体を向け、少し、詰め寄ってしまう。
どこか、ほっとけないのかもしれない。
「いや、大丈夫です」
「えっ?」
「たぶん、通り雨だからすぐ止むと思いますし、それに僕はバイトまで写真を撮るつもりだったので。だから、その」
僕は一通り喋ってから、おもわず頬を掻いてカメラに目を逸らしてしまった。
きょとん、としているのがカメラのディスプレイに反射して見える。話すことに夢中になっていて、ぜんぜん気がつかなかった。
おそるおそる、彼女のほうを向く。
「ありがと」
彼女は、笑みを零した。
僕にだけ向けられた表情が、雨なんかすいすいと簡単にすり抜けてしまって、僕の胸にまで届いてきた。
心が熱い。
夏の暑さなんかより、ずっとずっと熱い。
僕はまた、カメラに目を落としてしまった。
たかが数分話すためだけに、なにをそんなに必死になっているんだろう。彼女が美人だからだろうか。でもそれだけだとは、あまり思えなかった。
お手本のような、とても整った微笑みだった。
「写真、好きなの?」
僕のお腹辺りを見つめていて、それが首からぶら下がっている一眼レフカメラだと分かって、僕は頷いた。
彼女は「そっか」とだけ言った。
表情に出さないように、ほっと一安心していた。
どうやら、なにも気づいていない様子だった。
木のベンチを叩いて、「座ったほうが良いんじゃない」と彼女に言われる。僕は一瞬体を強張らせてしまいながらも、ベンチのほうに歩いた。断るほうが、たぶん変だろうから。
余裕を持って、人二人ぶんくらい離れて腰掛ける。
すると彼女はビニール袋をあさり、なにかを取り出して僕の手に置いた。
くれたのは、チョコレートだった。
「帽子を拾ってくれたお礼に、あげるよ」
僕は会釈をしてから食べると、彼女も同じものを食べる。喉が渇くだろうからと、ついでにコーラもくれた。
拾っただけにしては貰いすぎていて、少し申し訳なくなる。それでも断るのはなんだか気が引けたから、彼女のすることに従うことしかできなかった。
コーラを一口飲んで一息つけば、なんだか笑みが零れていた。
なんとも言えない独特な甘みと強炭酸が、喉の奥で痺れる。ペットボトルをペコペコとへこませながら、黒い液体に目を据える。
そういえば、コーラなんて久しぶりだ。
大学に入ってからというものの、少しかっこつけてコーヒーとか紅茶ばかり飲んでいた。だからなのかは分からないけど、すごくおいしく感じる。いつの間にか半分くらい一気に飲んでいた。
おもわず出そうになるゲップを抑え込んで、つい涙目になってしまうと、彼女は笑顔を浮かべていた。つい目を逸らして、コーラを飲み干していた。
そんなふうにのんびりしていると、隣りから肩を叩かれた。
「もしかして、急ぎの用事とかあった?」
「急ぎではないですけど、この後バイトがあります」
「そっか。傘わすれちゃったから、雨が止むまで話し相手になってもらおうと思ったけど、それなら早く行ったほうが良いよね」
そう、少し眉を垂らして言った彼女。
僕は頬を掻いて、彼女から視線を逸らしてしまう。
それならどうして、そんなふうに笑うんだろう。
そんな些細なことが、僕には気になって仕方がなかった。でもどうして、気になってしまうんだろう。
分からない、分からないけど。
しっかりと体を向け、少し、詰め寄ってしまう。
どこか、ほっとけないのかもしれない。
「いや、大丈夫です」
「えっ?」
「たぶん、通り雨だからすぐ止むと思いますし、それに僕はバイトまで写真を撮るつもりだったので。だから、その」
僕は一通り喋ってから、おもわず頬を掻いてカメラに目を逸らしてしまった。
きょとん、としているのがカメラのディスプレイに反射して見える。話すことに夢中になっていて、ぜんぜん気がつかなかった。
おそるおそる、彼女のほうを向く。
「ありがと」
彼女は、笑みを零した。
僕にだけ向けられた表情が、雨なんかすいすいと簡単にすり抜けてしまって、僕の胸にまで届いてきた。
心が熱い。
夏の暑さなんかより、ずっとずっと熱い。
僕はまた、カメラに目を落としてしまった。
たかが数分話すためだけに、なにをそんなに必死になっているんだろう。彼女が美人だからだろうか。でもそれだけだとは、あまり思えなかった。