アスファルトから砂の道に切り替わると、べちゃべちゃと靴に泥がつく。少し落ちこんだけど、一回汚れてしまえばもう気にせず歩けた。
追いかけるけど、屋根付きのベンチに入っていくのを最後に、姿が見えなくなってしまった。小さな川を一歩で越え、今朝来たばかりの場所に戻ってくる。
けれど、僕は足を止めてしまった。
だれかが、ベンチに座っていた。
とっさに、茂みに隠れてしまう。こんなことするつもりなかったけど、なんだか反射的にやってしまった。しょうがないから、こっそりだれがいるのか覗き見る。
僕は、見とれてしまった。
女性の真っ白な頬に、一つ水滴が見えた気がした。
雨かと思った。
けど屋根の下だから、そんなわけない。
泣いているんだろうか。
気になってベンチのほうに近づいていくと、そこにはカンカン帽をかぶって真っ白なワンピースを着た女性がいた。
気づけば、体が動いていた。
トートバックに手を伸ばしてカメラを取り、しゃがみ込んで肘を膝に置いてぶれないように固定。カメラのファインダー越しに葉っぱの隙間から見据える。
彼女の瞳に、しっかりとピントを合わせる。
雨で遮られるかもしれないから、連射していく。
葉と葉のすきまから見えた景色は、今まで撮ってきた写真をはるかに超えるくらい、僕の心を鷲掴みにしていたと思う。
空を見上げている黒い瞳は、ビー玉にみたいに少し潤んでいた。
やっぱり、泣いているのかな。
なにを思い浮かべて、瞳にはなにが映っているんだろう。
また、カメラを向けていて、彼女の瞳にズームさせていく。
彼女の虜に、いつの間にかなっていた。
「ペトリコールの香りがするね」
僕はおもわず、カメラを動かす手を止めていた。
たしかに彼女はしゃべったけど、いくら辺りを見渡しても、彼女の周りにはだれもいなかった。
ただの、独り言だろうか。
そのわりには、問いかけるみたいな言葉だった気もする。
再び、ファインダーを覗いてみる。
でも僕は、すぐに目を離してしまった。
ほんの一瞬のことだけど、彼女と目が合った気がした。
まさか、僕に気づかれている?
確認するために、もう一度だけ見てみる。
けど、真っ暗だった。
まさか、雨に濡れて壊れてしまったんだろうか。
焦って確認してみるけど、僕は目を丸くしてしまう。手に取ってからも、じっくりと見てしまった。
レンズのところに、なぜかカンカン帽が引っかかっていた。
「すみません。それ、私のです」
声のほうを向くと、そこにはあの女性がいた。
意外とアルトみたいに低くて、頭に張りつくような湿った声。
聞いたことない声なのに、すっと胸に馴染んでいって、よく分からないけど、ずっと昔から聞いていたみたいな、そんな感じだった。
心臓が、雨音を上書きするくらいうるさくなっていた。足元ばかり見つめてしまい、前を向くことなんてできなかった。
気になって、仕方がなかった。
勝手に撮っていたことを、知っているのかどうか。もしバレていたのなら、僕はもうおしまいだ。でも自業自得だから、言い訳をするつもりはない。
けど、彼女は湿気をもろともしないような艶やかな髪を翻し、僕から目を逸らしてしまった。
そして小川を跨いで屋根の中に入り、傘を畳む。彼女はベンチに座っていて、手元にはさっきの白猫がいた。
さっきの言葉は、この猫に向けてのものだったのだろうか。
そういえば、この帽子どうしよう。とりあえず返そうと思って、彼女の歩いたところを辿っていく。
追いかけるけど、屋根付きのベンチに入っていくのを最後に、姿が見えなくなってしまった。小さな川を一歩で越え、今朝来たばかりの場所に戻ってくる。
けれど、僕は足を止めてしまった。
だれかが、ベンチに座っていた。
とっさに、茂みに隠れてしまう。こんなことするつもりなかったけど、なんだか反射的にやってしまった。しょうがないから、こっそりだれがいるのか覗き見る。
僕は、見とれてしまった。
女性の真っ白な頬に、一つ水滴が見えた気がした。
雨かと思った。
けど屋根の下だから、そんなわけない。
泣いているんだろうか。
気になってベンチのほうに近づいていくと、そこにはカンカン帽をかぶって真っ白なワンピースを着た女性がいた。
気づけば、体が動いていた。
トートバックに手を伸ばしてカメラを取り、しゃがみ込んで肘を膝に置いてぶれないように固定。カメラのファインダー越しに葉っぱの隙間から見据える。
彼女の瞳に、しっかりとピントを合わせる。
雨で遮られるかもしれないから、連射していく。
葉と葉のすきまから見えた景色は、今まで撮ってきた写真をはるかに超えるくらい、僕の心を鷲掴みにしていたと思う。
空を見上げている黒い瞳は、ビー玉にみたいに少し潤んでいた。
やっぱり、泣いているのかな。
なにを思い浮かべて、瞳にはなにが映っているんだろう。
また、カメラを向けていて、彼女の瞳にズームさせていく。
彼女の虜に、いつの間にかなっていた。
「ペトリコールの香りがするね」
僕はおもわず、カメラを動かす手を止めていた。
たしかに彼女はしゃべったけど、いくら辺りを見渡しても、彼女の周りにはだれもいなかった。
ただの、独り言だろうか。
そのわりには、問いかけるみたいな言葉だった気もする。
再び、ファインダーを覗いてみる。
でも僕は、すぐに目を離してしまった。
ほんの一瞬のことだけど、彼女と目が合った気がした。
まさか、僕に気づかれている?
確認するために、もう一度だけ見てみる。
けど、真っ暗だった。
まさか、雨に濡れて壊れてしまったんだろうか。
焦って確認してみるけど、僕は目を丸くしてしまう。手に取ってからも、じっくりと見てしまった。
レンズのところに、なぜかカンカン帽が引っかかっていた。
「すみません。それ、私のです」
声のほうを向くと、そこにはあの女性がいた。
意外とアルトみたいに低くて、頭に張りつくような湿った声。
聞いたことない声なのに、すっと胸に馴染んでいって、よく分からないけど、ずっと昔から聞いていたみたいな、そんな感じだった。
心臓が、雨音を上書きするくらいうるさくなっていた。足元ばかり見つめてしまい、前を向くことなんてできなかった。
気になって、仕方がなかった。
勝手に撮っていたことを、知っているのかどうか。もしバレていたのなら、僕はもうおしまいだ。でも自業自得だから、言い訳をするつもりはない。
けど、彼女は湿気をもろともしないような艶やかな髪を翻し、僕から目を逸らしてしまった。
そして小川を跨いで屋根の中に入り、傘を畳む。彼女はベンチに座っていて、手元にはさっきの白猫がいた。
さっきの言葉は、この猫に向けてのものだったのだろうか。
そういえば、この帽子どうしよう。とりあえず返そうと思って、彼女の歩いたところを辿っていく。