「これからはテストで点を稼ぐテクニックも教えていくぞ。学力を身につけるのはもちろん大事だけど、どうせなら成績に結びつかないとな。留年なんて以ての外だ」

 鹿島くんの口角が、僅かながらではあるが上がっている。機嫌がよい、のかもしれない。

 さっきの私の言葉は、嘘ではなくとも、本心からの言葉とは言い切れないものだった。それでご機嫌とりのようになってしまったのが少しだけ申し訳ない。

 鹿島くんが椅子を動かし、私の席に近づいてくる。それから私が広げた教科書に視線を落として言った。

「確かに努力が必ずしも報われるとは限らない。……だがな、報われたと思えるよう努力はすべきだろ」

「報われたと、思えるよう?」

 この間のやり取りの続きだろうか。鹿島くんは、『報われない努力に意味なんてない』という私の言葉を否定はしなかったが、『意味は見いださなくちゃいけない』と付け加えた。

 好い成績も進級も、期末テストの順位だって、どれも結果なんかじゃない。この先の人生を考えたら過程でしかない。成績が良くたって死ぬときは死ぬ。鹿島くんもそれは認めている。

 でもそれだけじゃ虚しいと、鹿島くんは言いたいんだろう。好成績とか進級とか順位とか、そうした過程に意味を見いだせれば、それは報われたことになると、多分そう言っている。

「報われたかどうか、意味があったかどうか、それは自分でしか決められないってこと?」

 私が尋ねると、鹿島くんは一瞬面食らったような顔をした後、少し悲しげな笑みを浮かべた。

「その理解力があって、どうして赤点なんて……ああ、却ってそのせいか」

「鹿島くん?」

 首を小さく振る鹿島くん。

「何でもいい。留年はしたくないんだろう? 少なくとも、君にとって進級は意味のあることだ。追追試は八月げの登校日だったな?」

「うん。お盆明けの登校日」

「合格点は?」

「六割だって」

 私が答えると、鹿島くんは「そんなものか!」と鼻で笑った。

「今のペースで課題をやれば、実力は十分身につく。後はそれを発揮できるようテストのテクニックを身につけるぞ」

「さっきも言ってたけど、テクニックって何? カンニング?」

「違う! 自分の実力を最大限発揮するための技術、それがテクニックだ」

「楽してボロ儲け?」

「それも違う。実力を身につけるのは大前提だ」

「じゃあ、どういうこと?」

「例えばだな、テストで一番もったいない失点といえば何だ?」

「名前の書き忘れ、誤字脱字……ケアレスミス?」

 鹿島くんは大きく頷いた。

「そういう実力とは関係ないところでの失点を無くす。これもテクニックだ。仮に解けていない問題があってもだ、最後の十分は必ず見直しをしろ。そして最後の五分は見直しの見直しだ。これだけでも百点満点中三点は稼げるはずだ」

 それだけ?

 思わず口に出してしまいそうになった。

 きっと鹿島くんと私とでは、住んでいる世界が違う。鹿島くんは九十五点を九十八点にしようとしている。私はまず二十点を五十点にしないといけないのに。

 とはいえ、調子よく説明してくれる鹿島くんに反論するのもなんなので、私は「なるほど~」と頷いておくことにした。