祖父が息を引き取ったのもまた、夏の盛りのことだった。
 果たして、綾都が発病したのと祖父が発病したのと、どちらが先だったのか、今となっては分からない。
 祖父はかなりの間隠していた筈だった。だからと言って、病に苦しんだ時間が長かったのかと問えば、単に老人は体力がもたなかっただけかも知れない。

 祖父がそれを露呈させたのは、綾都がとうとう学校へと通うことができなくなり、どうすべきか苦慮していた頃だった。
 祖父は自宅で倒れ、それからしばらく経つこともなく死んだ。祖母はその知らせを受け取った後、眠るように息を引き取ったと報が届いた。

 おかわいそうに、と声をかけてくる人々に、淡く微笑んで応える。これからは皆であなたを支えていきますから、と言う祖父の配下たちにはただ、ありがとうございます、よろしくお願いしますと、しおらしく振舞った。
 いらないものに、意識を傾ける必要も感じなかった。

 祖父母のことを憐れだとは、少しも思わない。気づいてやれたはずだとか、考えたこともない。
 もし、不孝者と叫ばれれば、自業自得だ、と返す。育ててもらったことがどれほどの恩だ。彼らにとっては、子は慈しみ育てるものではなく、家を残す証でしかなかった。必要だから育てた、それだけのことだ。

 絵を描くという、たったひとつの楽しみを取り上げられた位ならば、何程のこととも思わなかっただろう。綾都が喜んでくれなければ、続けようと思ったかも定かでないから。
 だけど、病の子を軽んじておいて、何が高貴な血筋だ。こんな呪われた病を宿らせていて、何が名家だ。

 ――だけど、あんなに清く気高い綾都まで、同じ病に。
 血に宿るものならば、何故綾都を苦しめるのか。この身に降りかかったものなら、どれだけ良かっただろう。

 ――本当は、弱っていく綾都を見て、祖父母の気持ちも少しは分かる気がした。
 早くに息子を亡くして、二人とも寂しかったのだろう、と。怒りの向けどころが、分からなかったのではないかと。遺された二人の孫の扱いに惑い、病の恐怖を押しのけるために、厳しく接したのかもしれなかった。

 自分がその立場に立って、分かることがある。むしろそんなことばかりだ。ようやくそうやって、相手の思いを知る。その時にはもう遅い。

 知ったところで、許せるかどうかは、また別のものだけれど。
 そしてもう二度と、彼らの意志を分かろうと思うこともないだろう。