「え、なに?」

 振り返ると、尾崎が神妙な顔をして口を開いた。

「あのあとさあ、あの三人に会わんかった?」

 不安げな声音で、そう言う。どうやらずっと気になっていたのだろう。川内がいなくなるタイミングを計っていたのかもしれない。

「ああ、うん、会わんかった」
「ほうなん? ほいならええけど」

 尾崎がほっと息を吐く。

「なんか感じ悪かったじゃん? じゃけえ、心配じゃって(していて)。ハルちゃん、なんかあっても我慢しそうじゃし」

 それを聞いた木下が、肩をすくめる。

「心配しすぎなんじゃないんか。ちぃと(ちょっと)過保護で?」
「ほうかもしれんけどー」

 尾崎が口を尖らせる。

「ハルちゃん、なんか言われても言い返しそうにないし、心配にもなるわ」
「まあ、わかるけどのう」

 そう言って、三人で黙り込む。
 確かに、少し心配ではある。俺は、小学校、中学校時代の話も聞いたし、それで泣いていたのも見た。
 俺の知らないところで、またからかわれたりしているのではないかと、不安にはなる。
 そして川内は、たぶん、それを誰にも相談してこない気がする。

 すると、それを黙って聞いていた浦辺先生が、ふいに言った。

「お前らって、全員中途半端なんよな」
「え……」

 いったいなんの話が始まったのかと、三人とも浦辺先生のほうに振り返る。
 先生は、腕を組むと、続けた。

「ワシはいろんな高校に行っとるけえ、そう思うんじゃが、学校自体が中途半端な立ち位置じゃけえかのう。ものすごい進学校でもないし、落ちこぼれとるわけでもないけえ、まあそういう生徒が集まっとると言われればそうなんじゃが」

 ……ひどい言われようの気がする。
 というか、先生はどうして今、この話をし始めたのだろう。

「規則が厳しいだの、シャトルバスを出せだの、ブーブー言う割に、何もせんのんよな。生徒会を通して、みんなでそういう要望を出せばええのに、そういうことはやらん。ブーブー言うばっかりよ」
「だって……」

 そうすると、心証が悪くなる気もするし、学校生活になんらかの影響があるかもしれない。
 なにより面倒だ。
 皆の意見を取りまとめ、学校に対して意見する、その労力はいかばかりか。
 それなら三年間、我慢したほうが楽だ。

「気持ちはわからんでもないが、張り合いはないよのう」

 ため息混じりに、そう言う。

「じゃあ、言うたところで先生らに張り合われるん?」
「そりゃそうじゃろ。まあ、何もせんほうが、ワシらは楽で?」

 楽なら文句を言わないで欲しい。
 しかし、浦辺は続けた。

「でも、川内はワシのところに来たで」
「えっ」
「園芸部はもうないんですか、って。昔はあったのに、どうしてないんですか、って」

 その言葉に温室内は、しん、となる。
 一年のときは園芸部の部員はたった一人だった。先輩もいなかった。
 川内は一年間、ただ一人の部員として、活動していたのだ。

「部員がおらんだけで、別に復活させてもええで、言うたら、じゃあ入るから復活させてください、言うたで。あれは大人しそうじゃけど、けっこう強い子じゃわ」

 そう言って、うんうん、とうなずく。
 確かに。
 もし俺だったら、たぶん、何もしない。仮にやりたいことがあったとしても、もうないのなら、と諦める。

「芯が強い、いうのはああいう子のことよ。強そうに見えて弱いとか、弱そうに見えて強い、いうのはいくらでもあるんじゃけえ、決めつけるなよ」

 尾崎はその言葉に、少し目を伏せた。
 気の強い尾崎。向かうところ敵なし、といった感じの彼女だけれど、お母さんが倒れたと聞いて、明らかに動揺して、冷静さを失っていた。もちろんお母さんが倒れただなんて大変なことだけれど、いつもの尾崎からは考えられないような狼狽えようだった。
 そのことを思い出しているのかもしれない。

「ただ、助けを求められたら、絶対に手を貸せ。友だちて、そういうもんじゃろ」

 言われて、俺たちは顔を上げる。
 そして顔を見合わせてうなずいた。
 それは大丈夫。絶対に見捨てたりしない、と無言で確認し合った。

 浦辺先生はその様子を見て、口の端を上げた。

「あと、お前らでどうにもならんようになったら、ワシに言え」

 そう言って胸を張る。
 浦辺先生は怖いけど、頼もしい。確かに、なにかあったらなんとかしてくれそうな気がする。
 なんだか少し、見直した。

「去年と一昨年のしかなかったー」

 そのとき、川内が温室に帰ってきて、その話は終わりとなった。