「今まであんまり話したことなかったけえ、なんか話し掛けづらくて……ごめんね」
その川内の言い訳に、尾崎は俺のほうに顔を向ける。
「てか、あんたら、一年のとき同じクラスじゃなかったん」
「ああ、同じ。三組」
「うん……同じじゃったけど……、あんまり話はせんかったよね」
ちらりとこちらに視線を移して、川内は少し首を傾げた。
「ああ、うん」
俺はこくこくとうなずく。
「で、話ってなんなん」
木下はそう言ってから、おにぎりにかぶりついた。
焦っているということはないだろうが、さすがに引っ張り過ぎではないかと、俺も思う。
しかしまだ川内は、「あの……」とか「えーと」とか、モジモジと言い淀んでいる。
「もうー、パッパと言いんさいや」
尾崎に急かされ、覚悟を決めたように、川内は顔を上げた。
「あのねっ」
「うん」
ようやく話が始まったか、と俺たち三人は昼飯に手を付ける。
川内は、ふう、と一つ息を吐いて、そして続けた。
「実はね、私、園芸部なんじゃけど」
「園芸部」
「園芸部なんかあったんか」
俺と木下は、そう声を上げる。本気で知らなかった。
「う……うん」
その言葉に川内は一瞬ひるんだようだけれど、しかし続けた。
「入部……してくれんかなーって思うて」
「え?」
勧誘か。なんだ。
少々がっかりはしたが、なるべくそれが顔に出ないように気を付けながら、俺は手の中にあるソーセージパンにかぶりついた。
川内は小さな声で続ける。よく耳を傾けていないと聞こえないかもしれない、という声だ。
「顧問の先生がね、男手があったらええって言うて、クラスの男子に声かけてみろって言われて……」
「あんたら、帰宅部じゃろ? 他の男子はなんかどっかの部活に入っとるみたいなし」
そう尾崎が補足する。
この一組は文系クラスで、女子が圧倒的に多い。三十名のうちの八名が男子という構成だ。少々、肩身が狭い。
確かに、残りの六人を見渡してみても、サッカー部とか吹奏楽部とかだったような覚えがある。
「園芸部ってなにするん?」
木下がそう言い、川内がそれに答えた。
「花壇に水やったりとか……」
「うっわ、たいぎいー!」
大声を上げてしまった木下を見て、川内はまた俯いてしまう。彼女の弁当は手付かずのままだ。
尾崎がその様子を見て、助け船を出した。
「でも、なんか部活やっとったら、内申点が良うなるかもしれんよ。面接とかで、帰宅部ですーって言うより、部活やっとりましたって言うたほうがええじゃん」
「あー、まあ、そりゃそうなんじゃろうけど」
木下が頭を掻きながら、一応は尾崎の言葉に同意する。
「でも園芸部かー。ほら例えば、ダンス部あるじゃん。あんなんだったら」
「ダンス部いう柄かよ」
尾崎が木下の言葉に鼻で笑う。それにムッとしたように、木下は眉をひそめた。
「笑わんでもええじゃろ」
「笑うわ、あんたがダンス部とか」
そんな風に二人が軽口の応酬をしているが、川内はなにも言わずに俯いたままだ。
それを見ていると、なんだか胸が痛んだ。俯かせているのが自分のような気がして仕方ない。
だから俺は言った。
「俺、入ってもええよ」
「ホンマっ?」
川内がパッと顔を上げた。喜色満面、という表情だった。
早まったか、と少し思わないでもなかったが、その顔を見たら、まあいいか、という気持ちにもなった。
「ええー、マジか、神崎」
「いやまあ、内申が良うなるんなら、それもええか思うて。どうせ帰宅部じゃし。塾とか行きよるわけでもないし」
「まあのう」
俺が慌てて言った弁解に、木下はあっさりと乗った。
「ほいならワシも入っとこうかのう」
「ホンマ? 良かったあ」
川内が胸を撫で下ろす。そしてふわりと笑った。
なんだかまたどぎまぎしてきて、俺は慌ててパンを齧る。
「ほいでも、そんなに熱心にはやれんで?」
木下は川内のほうに顔を向けて言った。尾崎に対してとは違って、ずいぶん柔らかい口調だ。
「うん、ええよ。ときどき手伝ってくれたら」
木下の言葉に、川内はこくこくとうなずいている。
「ほいならええかあ」
木下は、そんな風に言うけれど。
もしかしたら最初から入部してもいいかと思っていたのかもしれない、とそんな気がした。
園芸部にいるのは、川内だけじゃない。
「川内の他には誰がおるん?」
木下は、そんなわかりきった質問を川内に言う。それを受けた彼女は、尾崎のほうを見て微笑んだ。
「今は、私と千夏ちゃんだけ」
「なんじゃあ、尾崎もおるんかあ」
わざとらしく木下が声を上げる。いや絶対これ、誤魔化しているんだろう。
尾崎はムッとしたように、口を尖らせる。
「ウチがおったらいけんのん。だいたい、ウチもさっきから勧誘しよったろ?」
「川内の手伝いなだけかと思うて。それこそ園芸部いう柄じゃないけえのう」
「はがええわ」
そんな風にまた、尾崎と木下が軽口を叩き合う。
はたから見ると、じゃれ合っているようにしか見えない。
「ありがとね」
川内がにこにことしながらこちらに言う。
「ああ、うん。別に、礼を言われることでもないけえ」
「でも、ありがと」
ほっとしたのか、川内は初めて弁当に手を付けた。卵焼きを箸で半分に割って、それを口に運ぶ。ぱくっとくわえてモグモグと口を動かしている様が、小動物みたいで可愛いな、と思った。
その川内の言い訳に、尾崎は俺のほうに顔を向ける。
「てか、あんたら、一年のとき同じクラスじゃなかったん」
「ああ、同じ。三組」
「うん……同じじゃったけど……、あんまり話はせんかったよね」
ちらりとこちらに視線を移して、川内は少し首を傾げた。
「ああ、うん」
俺はこくこくとうなずく。
「で、話ってなんなん」
木下はそう言ってから、おにぎりにかぶりついた。
焦っているということはないだろうが、さすがに引っ張り過ぎではないかと、俺も思う。
しかしまだ川内は、「あの……」とか「えーと」とか、モジモジと言い淀んでいる。
「もうー、パッパと言いんさいや」
尾崎に急かされ、覚悟を決めたように、川内は顔を上げた。
「あのねっ」
「うん」
ようやく話が始まったか、と俺たち三人は昼飯に手を付ける。
川内は、ふう、と一つ息を吐いて、そして続けた。
「実はね、私、園芸部なんじゃけど」
「園芸部」
「園芸部なんかあったんか」
俺と木下は、そう声を上げる。本気で知らなかった。
「う……うん」
その言葉に川内は一瞬ひるんだようだけれど、しかし続けた。
「入部……してくれんかなーって思うて」
「え?」
勧誘か。なんだ。
少々がっかりはしたが、なるべくそれが顔に出ないように気を付けながら、俺は手の中にあるソーセージパンにかぶりついた。
川内は小さな声で続ける。よく耳を傾けていないと聞こえないかもしれない、という声だ。
「顧問の先生がね、男手があったらええって言うて、クラスの男子に声かけてみろって言われて……」
「あんたら、帰宅部じゃろ? 他の男子はなんかどっかの部活に入っとるみたいなし」
そう尾崎が補足する。
この一組は文系クラスで、女子が圧倒的に多い。三十名のうちの八名が男子という構成だ。少々、肩身が狭い。
確かに、残りの六人を見渡してみても、サッカー部とか吹奏楽部とかだったような覚えがある。
「園芸部ってなにするん?」
木下がそう言い、川内がそれに答えた。
「花壇に水やったりとか……」
「うっわ、たいぎいー!」
大声を上げてしまった木下を見て、川内はまた俯いてしまう。彼女の弁当は手付かずのままだ。
尾崎がその様子を見て、助け船を出した。
「でも、なんか部活やっとったら、内申点が良うなるかもしれんよ。面接とかで、帰宅部ですーって言うより、部活やっとりましたって言うたほうがええじゃん」
「あー、まあ、そりゃそうなんじゃろうけど」
木下が頭を掻きながら、一応は尾崎の言葉に同意する。
「でも園芸部かー。ほら例えば、ダンス部あるじゃん。あんなんだったら」
「ダンス部いう柄かよ」
尾崎が木下の言葉に鼻で笑う。それにムッとしたように、木下は眉をひそめた。
「笑わんでもええじゃろ」
「笑うわ、あんたがダンス部とか」
そんな風に二人が軽口の応酬をしているが、川内はなにも言わずに俯いたままだ。
それを見ていると、なんだか胸が痛んだ。俯かせているのが自分のような気がして仕方ない。
だから俺は言った。
「俺、入ってもええよ」
「ホンマっ?」
川内がパッと顔を上げた。喜色満面、という表情だった。
早まったか、と少し思わないでもなかったが、その顔を見たら、まあいいか、という気持ちにもなった。
「ええー、マジか、神崎」
「いやまあ、内申が良うなるんなら、それもええか思うて。どうせ帰宅部じゃし。塾とか行きよるわけでもないし」
「まあのう」
俺が慌てて言った弁解に、木下はあっさりと乗った。
「ほいならワシも入っとこうかのう」
「ホンマ? 良かったあ」
川内が胸を撫で下ろす。そしてふわりと笑った。
なんだかまたどぎまぎしてきて、俺は慌ててパンを齧る。
「ほいでも、そんなに熱心にはやれんで?」
木下は川内のほうに顔を向けて言った。尾崎に対してとは違って、ずいぶん柔らかい口調だ。
「うん、ええよ。ときどき手伝ってくれたら」
木下の言葉に、川内はこくこくとうなずいている。
「ほいならええかあ」
木下は、そんな風に言うけれど。
もしかしたら最初から入部してもいいかと思っていたのかもしれない、とそんな気がした。
園芸部にいるのは、川内だけじゃない。
「川内の他には誰がおるん?」
木下は、そんなわかりきった質問を川内に言う。それを受けた彼女は、尾崎のほうを見て微笑んだ。
「今は、私と千夏ちゃんだけ」
「なんじゃあ、尾崎もおるんかあ」
わざとらしく木下が声を上げる。いや絶対これ、誤魔化しているんだろう。
尾崎はムッとしたように、口を尖らせる。
「ウチがおったらいけんのん。だいたい、ウチもさっきから勧誘しよったろ?」
「川内の手伝いなだけかと思うて。それこそ園芸部いう柄じゃないけえのう」
「はがええわ」
そんな風にまた、尾崎と木下が軽口を叩き合う。
はたから見ると、じゃれ合っているようにしか見えない。
「ありがとね」
川内がにこにことしながらこちらに言う。
「ああ、うん。別に、礼を言われることでもないけえ」
「でも、ありがと」
ほっとしたのか、川内は初めて弁当に手を付けた。卵焼きを箸で半分に割って、それを口に運ぶ。ぱくっとくわえてモグモグと口を動かしている様が、小動物みたいで可愛いな、と思った。