尾崎がいない園芸部は、まさに火が消えたようだった。
 彼女が一人いないだけで、あんなに楽しく輝いていたような温室内が、なんだか薄暗くなったような気がする。

 川内も、女子が一人だけになってしまって寂しそうだ。
 元々、一年のときは一人だけの部員だったというが、あの賑やかさを知ってしまったあとは、なにか感じるものがあるのだろう。

 夫婦漫才を繰り広げていた木下も、口数がすっかり減ってしまっていた。

 俺は元々、自分からしゃべるタイプではないので、ここで無理に明るく振舞ったところで、空回りするだけの気がする。いや空回りする。間違いなく。

 俺たちは、黙々と畑を鍬で耕していた。もちろん黙ってやるほうがいろいろと捗りはするので、畑はもう畝も作られていて、誰がどう見ても畑、という完成度だ。
 花壇のほうも、チューリップの球根を掘り出して、花の色別にネットに入れて干している。

 そんな風に着々と園芸部としての活動は進んでいるが、なんというか、味気ない。

 尾崎はもちろん学校にはちゃんと通っていて、授業中も昼休みも一緒に過ごしていて、そこは全然変わりないのに、放課後になって、「じゃあねー」と彼女が去っていくと、途端に静かになってしまう。

 「ハルちゃんと一緒におってあげて」という尾崎のお願い通り、温室に行くときも帰り道も、もちろん一緒にはいるのだが、やはり川内は尾崎がいるときよりも、意気消沈しているように見える。

「なんじゃあ、元気ないのう」

 そんな俺たちを見て、浦辺先生は言った。

「九月には文化祭もあるんで? 園芸部として参加するぞ」
「えっ」

 驚く俺たちを見て、浦辺先生は腰に手を当てて呆れたように言った。

「当たり前じゃろうが。園芸部がちゃんと活動しとるところを見せんと」

 山ノ神高校の文化祭は、マンガやアニメで見るような盛大なものではなくて、やってくるのは保護者や近所の人たち、せいぜいOBくらいのものだし、クラスの出し物を発表する中学校の文化祭の延長上にあるものとしか思えない。

 高校生になったら、きっと大規模な文化祭というものが開催されるのだとワクワクしながら入学した俺は、一年生のときの文化祭には少々落胆したものだ。

 けれど高校生活において文化祭は、やはり重要なイベントであることは否めない。

「でも、なにをすりゃあええんじゃ?」

 木下はそう言って首をひねる。

「園芸部の活動を見せる言うても、今まで、畑耕すくらいしかしてないで」

 ごもっとも。俺は同意を表すために、大きくうなずく。

 すると浦辺先生は、温室の脇に重ねて置かれている、空のプランターを指差した。

「一人一つ、な」

 な、と言われても。

「なんでもええ。文化祭の九月に咲く花の種を植えて育ててみいや。何種類でもええで。別の植木鉢で育てて、プランターに植え替えて見目を良うするんもええな」
「ええ……」

 嫌な顔をする男子二人を横目に、浦辺先生はプランターを取ってきて、そして一人一つずつ、渡して回った。浦辺先生の手には一つ、残った。

「なんでもええんじゃ。自分で育てた、いうんが大事よ。綺麗に育てばもっとええがの」
「はあ……」

 川内だけは、ワクワクしているのか、頬を紅潮させている。

「ネギだけ文化祭に出品しても、つまらんじゃろうが」

 まあそれは確かに。地味すぎる。

「明日の放課後、畑に撒く肥料やら土やら、ホームセンターにワシと一緒に買いに行くで。そのときに種も買う。重いけえ、車じゃないとダメじゃろ」
「はあ……」

 なんだかまともに育てられる気がしなくて、手の中にある空のプランターを眺めて、そんな気のない返事をしてしまう。

 それに、尾崎もいないのに……と、少ししんみりしてしまったところで。

「尾崎にも、何の花がええか訊いとけ」

 その言葉に、俺たちは顔を上げる。
 浦辺先生は、手に持っていた残りの一つ、空のプランターを片手で肩まで持ち上げて、プラプラと振った。
 これは尾崎の分ですよ、と言いたいらしかった。

「水やるくらいなら、尾崎にもできるじゃろ。なんかあったら、お前らが手伝ってやれ。校舎の入り口に四つ、プランターを飾る。まあ地味じゃが、それが園芸部の出し物よ」

 そう言われて、俺たちは三人揃って、大きくうなずいた。