翌週の月曜日になって、尾崎は教室に姿を見せた。
さすがに皆、心配していたのか、尾崎は次々と声を掛けられていた。
川内と一緒に入ってきたのだが、その様子を見て川内だけが離れて自分の席に向かってくる。
尾崎を取り囲んだクラスメートは、我先にと口を開いた。
「お母さん、大丈夫じゃったん?」
「うん、大したことなかったんよ。でも、倒れたんが会社じゃったけえ、慌てて他の人が救急車呼んだみたい」
「へえー」
「すぐに退院したし、もう大丈夫」
「よかったね」
「うん、ありがと」
そんな風に笑いながら、軽く言葉を交わしている。
その様子を見るに、本当に大したことはなかったのだろう、とほっと安心した。
昼休みに四人でお昼ご飯を食べている間も、「もー、びっくりしたわー」などと言いながら、軽い調子で話をしていたから、特に心配することはなさそうだと思った。
けれど、食べ終わったあと、尾崎は立ち上がって、俺に言った。
「神崎。温室行こ、温室」
「えっ」
「早う」
急かされて立ち上がる。けれど川内も木下も、座ったままだった。
「俺だけ?」
「そう、特別」
ウインクしながら、おどけたようにそう言う。
川内と木下に振り返るが、二人ともまるでそれが普通のことみたいに、特に驚いた様子もなく、座っている。
「ていうか、木下にはもういろいろ話したし、ハルちゃんにも話した。あとは神崎だけ」
「ああ、うん」
木下は家が近所なのだから話す機会もあっただろうし、川内は朝一緒に教室に入ってきたのだから、朝一番に話したのだろう。
尾崎と二人して教室を出る。
階段を下りながら、尾崎は言った。
「ちょっと込み入った話もあるけえ、教室はね」
「ああ、なるほど」
「コクられるか思うた?」
こちらに首だけで振り向き、にやりと笑ってそう言う。
「コクってくれるん?」
首を傾げてそう返すと、あはは、と声を出して笑ってくる。
「残念じゃったね、違うわ」
「ほうか」
それはそうだろう。
尾崎もきっと、木下のことが好きなのだ。自覚しているのかしていないのかはわからないけれど、きっとそうなのだ。
あのとき、尾崎は「ありがと、隼冬」と名前を呼んだ。たぶん二人は、子どもの頃は、名前で呼び合っていたのだろう。
それが思春期やらなにやらで、いつの間にか離れていって、目と鼻の先の二人の家から同じ高校に通うのにも、別々に通うようになってしまった。
なかなか面倒そうな関係ではあるが、でも今また少しずつ動き始めているのだ。
俺という存在は、そういう二人に割り込めるような人間ではない。
それになにより、俺には好きな人がいる。なんとなくだが、尾崎はそれに気付いているのではないだろうか。
先を行く尾崎が、ポツリと言葉を発する。
「ウチ、温室、好きなんよね」
「うん」
「なんか、心穏かになるっていうか」
「わかる。落ち着く」
「たぶん、ハルちゃんが世話しよるけえじゃわ」
小さく笑いながら、そう言う。
そう言われるとそうかもしれない、と思う。暖かくなってきて、温室はポカポカと気持ちいいものから、少し暑い場所になりつつあるけれど、それでもやっぱり居心地がいい。
温室に到着して、尾崎は川内に借りたのであろう鍵を取り出し、南京錠をガチャガチャとやって、その扉を開けた。
さすがに皆、心配していたのか、尾崎は次々と声を掛けられていた。
川内と一緒に入ってきたのだが、その様子を見て川内だけが離れて自分の席に向かってくる。
尾崎を取り囲んだクラスメートは、我先にと口を開いた。
「お母さん、大丈夫じゃったん?」
「うん、大したことなかったんよ。でも、倒れたんが会社じゃったけえ、慌てて他の人が救急車呼んだみたい」
「へえー」
「すぐに退院したし、もう大丈夫」
「よかったね」
「うん、ありがと」
そんな風に笑いながら、軽く言葉を交わしている。
その様子を見るに、本当に大したことはなかったのだろう、とほっと安心した。
昼休みに四人でお昼ご飯を食べている間も、「もー、びっくりしたわー」などと言いながら、軽い調子で話をしていたから、特に心配することはなさそうだと思った。
けれど、食べ終わったあと、尾崎は立ち上がって、俺に言った。
「神崎。温室行こ、温室」
「えっ」
「早う」
急かされて立ち上がる。けれど川内も木下も、座ったままだった。
「俺だけ?」
「そう、特別」
ウインクしながら、おどけたようにそう言う。
川内と木下に振り返るが、二人ともまるでそれが普通のことみたいに、特に驚いた様子もなく、座っている。
「ていうか、木下にはもういろいろ話したし、ハルちゃんにも話した。あとは神崎だけ」
「ああ、うん」
木下は家が近所なのだから話す機会もあっただろうし、川内は朝一緒に教室に入ってきたのだから、朝一番に話したのだろう。
尾崎と二人して教室を出る。
階段を下りながら、尾崎は言った。
「ちょっと込み入った話もあるけえ、教室はね」
「ああ、なるほど」
「コクられるか思うた?」
こちらに首だけで振り向き、にやりと笑ってそう言う。
「コクってくれるん?」
首を傾げてそう返すと、あはは、と声を出して笑ってくる。
「残念じゃったね、違うわ」
「ほうか」
それはそうだろう。
尾崎もきっと、木下のことが好きなのだ。自覚しているのかしていないのかはわからないけれど、きっとそうなのだ。
あのとき、尾崎は「ありがと、隼冬」と名前を呼んだ。たぶん二人は、子どもの頃は、名前で呼び合っていたのだろう。
それが思春期やらなにやらで、いつの間にか離れていって、目と鼻の先の二人の家から同じ高校に通うのにも、別々に通うようになってしまった。
なかなか面倒そうな関係ではあるが、でも今また少しずつ動き始めているのだ。
俺という存在は、そういう二人に割り込めるような人間ではない。
それになにより、俺には好きな人がいる。なんとなくだが、尾崎はそれに気付いているのではないだろうか。
先を行く尾崎が、ポツリと言葉を発する。
「ウチ、温室、好きなんよね」
「うん」
「なんか、心穏かになるっていうか」
「わかる。落ち着く」
「たぶん、ハルちゃんが世話しよるけえじゃわ」
小さく笑いながら、そう言う。
そう言われるとそうかもしれない、と思う。暖かくなってきて、温室はポカポカと気持ちいいものから、少し暑い場所になりつつあるけれど、それでもやっぱり居心地がいい。
温室に到着して、尾崎は川内に借りたのであろう鍵を取り出し、南京錠をガチャガチャとやって、その扉を開けた。