翌日、どうしたらいいんだろう、と思案しながら教室に向かう。
部外者であるはずの俺がこんなに緊張しているのだから、当人たちは、いかばかりだろうか。
教室に到着して、そしてそっと後ろの入り口から中を覗き込む。
どうやら他の三人はまだ来ていなくて、俺が一番か、ますますどうしていいかわからない、とがっくりと肩を落とす。
その肩に、ポンと手を置かれ、ビクッと身体が震えた。
慌てて振り向くと、木下だった。
「おっ、おはよう」
「はよ。……つーか、なんでお前がそんなに緊張しとるんじゃ」
眉根を寄せて、木下が言った。
そんな風に言うものだから、木下は緊張してないかと思いきや、やっぱり落ち着かなく教室の中を覗き込んでいる。
「……まだ尾崎は来てないよのう」
「うん、まだみたいじゃ」
「ほうか……」
そうして、そろりそろりと教室の中に足を踏み入れる。
自分たちの席に着いても、まだ尾崎は来なかった。いつもなら、もう来ていてもおかしくない時間だ。
「そういや、尾崎とは家が近いんじゃないん?」
「ほうで。目と鼻の先じゃ」
「ほいなら、朝、一緒のバスじゃないんか」
「バスは一緒じゃけど、一緒には来よらん」
「へえ……」
それなら普通に一緒に登校すればいいような気もするが、やはり並んで歩くのは抵抗があるのだろうか。
幼馴染というのは、思ったよりも難しい関係性なのかもしれない。
「今日は、バスも違うみたいなかったけど」
「あ、ああ、そうなんか……」
つまり、尾崎はいつものバスには乗らなかったのだ。
あからさまに避けられている。
これは本当に、木下に掛ける言葉がわからない。
そんなふうにして、二人してソワソワとしている内。
「おはよう」
「……おはよー……」
川内と尾崎が一緒に教室に入ってきた。
「お、おはよう……」
「はよ……」
なるほど、そうきたか。
たぶん、尾崎はいつもより早く来て、温室に向かったのだ。そして川内に助けを求め、こうして二人で教室にやってきた。
これはなかなか、前途多難なのではないか。
ギクシャクしながら、俺たちはそれでも挨拶を交わし、それぞれの席に着いた。
◇
放課後までにはなんとかなるのだろうか、というか、昼飯はどうなるんだ? とモヤモヤと考えながら授業を受けていると。
三時間目の日本史の授業のときだった。
急に、教室の前の扉がガラッと開いた。
日本史の先生も、ぎょっとしてそちらに振り向く。
そこにいたのは、浦辺先生だった。
「授業中、すみません」
「いえ、どうされました?」
先生同士でそう言葉を交わしたあと、浦辺先生はこちらのほうを向いて、声を張った。
「尾崎、すぐに用意せえ」
うつらうつらとしていた尾崎が、はっとして顔を上げる。
「……えっ、はいっ」
「お母さんが病院に運ばれたそうじゃ」
その言葉に、教室中の皆の視線が尾崎に集まる。
尾崎は呆然として、瞬きを繰り返して浦辺先生の顔を見つめていた。
「携帯の電源、入れていいで」
浦辺先生のその言葉に、尾崎は慌てたように、ポケットからスマホを取り出し、真っ青な顔色で電源を入れる。
「大したことはないらしいんじゃが、送ってってやるけえ、とにかく病院に行かんと。車回してくるけえ、校門に来い」
「は……はい」
尾崎がうなずいたのを見ると、浦辺先生は日本史の先生のほうに振り返る。
「じゃあすみません、尾崎は早退ってことで」
「はい」
そうして浦辺先生は教室の扉を閉める。
途端に教室内はざわざわと騒がしくなった。
「はい、静かにー」
日本史の先生はそう言うが、それでも皆、落ち着きはしなかった。
そんな中、尾崎は慌てて、机の上を片付けている。
「あっ」
机から尾崎の筆入れが落ち、バラバラとペンが散らばっていく。
川内が慌てて席を立ち、それらを拾っていた。
「ご、ごめん。え、えと……あ、あと体操服」
きょろきょろと辺りを見渡していて、尾崎が明らかに落ち着きをなくしているのがわかる。
大したことはない、と浦辺先生は言っていたが、こうして呼び出しがあるくらいだ、それを鵜呑みにはできないのだろう。
ふいに後ろの席から、ガタン、と音がした。
「尾崎」
低い声で、木下が言った。
その声に、尾崎はピクリと身体を震わせ、そして木下のほうに振り返った。
ざわついていた教室が一瞬にして、しん、となるほど、木下の声はよく響いた。
「体操服なんかは、川内にまとめてもろうてワシが持って帰るけえ、ほっとけ」
「え……」
「教科書もぜんぶ置いてけ」
「あ……」
「じゃけえお前は、財布とスマホだけ持っていけ」
「う、うん」
言われて、尾崎は自分の制服のポケットに財布とスマホが入っているのを確認している。
「焦るなよ。お前がコケてケガでもしたら本末転倒じゃ」
「うん」
尾崎は次第に落ち着きを取り戻してきたように見えた。
「母ちゃんに連絡しとくけえ、なんかして欲しいことがあったら、遠慮せずに言え。尾崎のじいちゃんの迎えとかは、母ちゃんもできるけえ」
「うん」
その頃には、尾崎はしっかりとうなずくようになっていた。
「わかったの。病院に着いて様子見て、時間があったらでええけえ、連絡せえ」
「うん」
「おばさんに、よろしくな」
「うん。ありがと、隼冬」
尾崎は、はっきりとした声で、そう言った。
部外者であるはずの俺がこんなに緊張しているのだから、当人たちは、いかばかりだろうか。
教室に到着して、そしてそっと後ろの入り口から中を覗き込む。
どうやら他の三人はまだ来ていなくて、俺が一番か、ますますどうしていいかわからない、とがっくりと肩を落とす。
その肩に、ポンと手を置かれ、ビクッと身体が震えた。
慌てて振り向くと、木下だった。
「おっ、おはよう」
「はよ。……つーか、なんでお前がそんなに緊張しとるんじゃ」
眉根を寄せて、木下が言った。
そんな風に言うものだから、木下は緊張してないかと思いきや、やっぱり落ち着かなく教室の中を覗き込んでいる。
「……まだ尾崎は来てないよのう」
「うん、まだみたいじゃ」
「ほうか……」
そうして、そろりそろりと教室の中に足を踏み入れる。
自分たちの席に着いても、まだ尾崎は来なかった。いつもなら、もう来ていてもおかしくない時間だ。
「そういや、尾崎とは家が近いんじゃないん?」
「ほうで。目と鼻の先じゃ」
「ほいなら、朝、一緒のバスじゃないんか」
「バスは一緒じゃけど、一緒には来よらん」
「へえ……」
それなら普通に一緒に登校すればいいような気もするが、やはり並んで歩くのは抵抗があるのだろうか。
幼馴染というのは、思ったよりも難しい関係性なのかもしれない。
「今日は、バスも違うみたいなかったけど」
「あ、ああ、そうなんか……」
つまり、尾崎はいつものバスには乗らなかったのだ。
あからさまに避けられている。
これは本当に、木下に掛ける言葉がわからない。
そんなふうにして、二人してソワソワとしている内。
「おはよう」
「……おはよー……」
川内と尾崎が一緒に教室に入ってきた。
「お、おはよう……」
「はよ……」
なるほど、そうきたか。
たぶん、尾崎はいつもより早く来て、温室に向かったのだ。そして川内に助けを求め、こうして二人で教室にやってきた。
これはなかなか、前途多難なのではないか。
ギクシャクしながら、俺たちはそれでも挨拶を交わし、それぞれの席に着いた。
◇
放課後までにはなんとかなるのだろうか、というか、昼飯はどうなるんだ? とモヤモヤと考えながら授業を受けていると。
三時間目の日本史の授業のときだった。
急に、教室の前の扉がガラッと開いた。
日本史の先生も、ぎょっとしてそちらに振り向く。
そこにいたのは、浦辺先生だった。
「授業中、すみません」
「いえ、どうされました?」
先生同士でそう言葉を交わしたあと、浦辺先生はこちらのほうを向いて、声を張った。
「尾崎、すぐに用意せえ」
うつらうつらとしていた尾崎が、はっとして顔を上げる。
「……えっ、はいっ」
「お母さんが病院に運ばれたそうじゃ」
その言葉に、教室中の皆の視線が尾崎に集まる。
尾崎は呆然として、瞬きを繰り返して浦辺先生の顔を見つめていた。
「携帯の電源、入れていいで」
浦辺先生のその言葉に、尾崎は慌てたように、ポケットからスマホを取り出し、真っ青な顔色で電源を入れる。
「大したことはないらしいんじゃが、送ってってやるけえ、とにかく病院に行かんと。車回してくるけえ、校門に来い」
「は……はい」
尾崎がうなずいたのを見ると、浦辺先生は日本史の先生のほうに振り返る。
「じゃあすみません、尾崎は早退ってことで」
「はい」
そうして浦辺先生は教室の扉を閉める。
途端に教室内はざわざわと騒がしくなった。
「はい、静かにー」
日本史の先生はそう言うが、それでも皆、落ち着きはしなかった。
そんな中、尾崎は慌てて、机の上を片付けている。
「あっ」
机から尾崎の筆入れが落ち、バラバラとペンが散らばっていく。
川内が慌てて席を立ち、それらを拾っていた。
「ご、ごめん。え、えと……あ、あと体操服」
きょろきょろと辺りを見渡していて、尾崎が明らかに落ち着きをなくしているのがわかる。
大したことはない、と浦辺先生は言っていたが、こうして呼び出しがあるくらいだ、それを鵜呑みにはできないのだろう。
ふいに後ろの席から、ガタン、と音がした。
「尾崎」
低い声で、木下が言った。
その声に、尾崎はピクリと身体を震わせ、そして木下のほうに振り返った。
ざわついていた教室が一瞬にして、しん、となるほど、木下の声はよく響いた。
「体操服なんかは、川内にまとめてもろうてワシが持って帰るけえ、ほっとけ」
「え……」
「教科書もぜんぶ置いてけ」
「あ……」
「じゃけえお前は、財布とスマホだけ持っていけ」
「う、うん」
言われて、尾崎は自分の制服のポケットに財布とスマホが入っているのを確認している。
「焦るなよ。お前がコケてケガでもしたら本末転倒じゃ」
「うん」
尾崎は次第に落ち着きを取り戻してきたように見えた。
「母ちゃんに連絡しとくけえ、なんかして欲しいことがあったら、遠慮せずに言え。尾崎のじいちゃんの迎えとかは、母ちゃんもできるけえ」
「うん」
その頃には、尾崎はしっかりとうなずくようになっていた。
「わかったの。病院に着いて様子見て、時間があったらでええけえ、連絡せえ」
「うん」
「おばさんに、よろしくな」
「うん。ありがと、隼冬」
尾崎は、はっきりとした声で、そう言った。