翌朝、教室に到着すると。

「おはよー、タカちゃん」
「タカちゃん、おはよう」

 ニヤニヤしながら、尾崎と木下がそう言った。
 そんな気はしてた。

「止めえや、それ」

 唇を尖らせてそう抗議の声を上げ、自分の席についた。
 そんな俺を見て、二人はアハハと声を出して笑う。

「おはよう」

 そのあとからやってきた川内は、タカちゃんとは言わなかった。なんとなくセーフ。
 俺は三人を見渡して、訊いてみる。

「昨日、姉ちゃん、なんか言いよった?」
「なんかって?」
「いや……」

 そう訊かれると、なんと言えばいいのか。

「なんか、いらんこと言わんかったかなーって」
「いや、いろいろ訊きたかったけど、車じゃけえ、すぐにバス停に着いたし」
「そっか」

 昨日、姉ちゃんが言っていたことと同じだ。これは、余計なことは言われていないと判断してもいいだろう。
 俺は心の中で胸を撫で下ろす。
 しかし念のためと思ったのか、木下が続けた。

「宮内先生まだおる? とか、そんなことくらいかのう」
「ああ、なるほど」

 そういう話なら大丈夫か。
 言われて困るようなことは特にはないけれど、子どもの頃の失敗とかを面白おかしく話しそうだから困る。

「お礼、言っといてね?」

 川内がこちらに向かってそう言う。

「礼? なんの」
「車で送ってくれた、お礼」

 どうしてそんなことを訊かれたのかわからない、という顔をしつつ、そう答えてくる。
 俺は顔の前でひらひらと手を振った。

「ええよ、そんなん」
「よくないよ、助かったんじゃもん」

 川内はそう食い下がってくる。意外に頑固なところもあるのかな、と思った。

「わかった、言うとく」
「ありがと」

 安心したように微笑むと、川内はそう言った。

「そういえばさー」

 尾崎が、ポン、と手を叩いて川内のほうに向き直る。

「ハルちゃんって、何分のバスに乗りよるん?」
「えっ?」
「いっつもウチらより後じゃけど、遅刻はせんじゃん。何分なんかな、思うて。それじゃったら、ウチももう一本遅らせてもいいんかなって」

 合点がいった、という風に一つうなずくと、川内は口を開く。

「乗りよるのはもっと早いバスよ。私は、教室に来る前に温室に寄りよるけえ」
「えっ」
「そうなんか」
「じゃあ、手伝わんにゃ(ないと)

 俺たちがそう言うと、川内は両手を胸の前で慌てたように振る。

「あっ、ええんよ、仁方からじゃったら電車との兼ね合いがあるけえ、どうしても早うなるんよ。じゃけえ勝手にやりよるだけじゃし」
「でも」

 川内は、なおも食い下がる俺たちに、焦ったように返す。

「えと、一人で集中したいこともあるけえ」
「集中?」
「そっ、そう! ええと、花の様子とか、じっくり見たりとか」
「ふうん?」

 よくはわからないが、川内以外のメンツは植物に関しては完全に素人で、何一つ詳しくないから、川内くらい詳しいと専門的ななにかがあるのかな、皆と一緒だと気が散るのかな、と納得してみる。

「あっ、予鈴」
「あー! 今日の数Ⅱ、小テストあるんじゃなかった?」
「うわ、聞いた気がする」
「しゃべっとる場合じゃなかった」

 慌てて俺たちは席に着いてガサガサと教科書やノートを出す。
 そんな中、川内だけは安心したように息を吐いた。

 一人で集中したいこと。
 それは、なんだろう。

 なんだかなにかを隠されているような、そんな気がして落ち着かなかった。