家に帰ると、姉ちゃんの黒の軽自動車は、家のガレージに停まっていた。
 俺は自転車をその隣に置くと駆け出して、玄関を勢いよく開け、もどかしく靴を脱ぎ、バタバタと家の中に入る。

「姉ちゃん!」

 居間に入ると、ソファに仰向けに寝そべっている姉ちゃんがいた。もうスウェットに着替えてかなりくつろいでいる様子だ。

「姉ちゃん、なんだよ、あれ!」
「なんだよ、とはなんだよー」

 手に持ったスマホを操作しながら、のんびりとした口調でそう返してくる。こちらに視線を向けようともしない。

「なんで来たんじゃ! あと、タカちゃん言うの止めえ言いよるじゃろ!」
「もー、うっさい」
「なんかいらんこと言うとらんよの?」
「いらんこと?」

 そこでやっと、姉ちゃんは身体を起こしてこちらを向いた。

「言われたら嫌なことでもあるん?」

 ニヤニヤしながら、そんなことを言う。
 まずい。これは、話の運びを間違えた気がする。

「そんなん、ない、けど」
「ほいじゃあ、ええじゃん」

 そう言って、またスマホに視線を落とす。
 ……どうせ、口喧嘩で勝てるわけはないのだ。これは刺激しないのが吉だ。

「……車で、なにを話したん?」

 しかし一応は、訊いてみる。

「別に? 歩きゃあ長いけど、車じゃったらバス停まですぐじゃもん。なんか話す暇はないわ」

 それもそうか。
 でも念のため、明日、あいつらに訊いてみよう。

 そんなことを考えながら踵を返すと、後ろから姉ちゃんの声が追ってきた。

「ほいで、あんたの好きな子、どっちなん?」

 刺激しないと誓ったばかりなのに、思わずバッと振り向いて大声を上げた。

「どっちでもええじゃろ!」
「ふーん」

 そう言って、口の端を上げてニヤリと笑う。
 あ、待て。今、もしかして。
 誘導尋問に引っ掛かってしまったのか。

「なるほどー、どっちかが好きなんじゃねー。じゃけえ園芸部かー。青春じゃわー、羨ましー」

 ソファの脇に置いてあったクッションを手に取り、それを抱きしめて、右へ左へと身体を捻っている。悶えている、という表現か。わざとらしい。

「くっそ……」

 ムカつく。いつか絶対、弱みを握ろう。
 これ以上話しても無駄だと自分を納得させ、再度、居間に背中を向けたところで、けれど姉ちゃんは続けた。

「まあ、よかったわ」
「……なにが」
「タカちゃんはさー、あんまり自己主張せん(しない)じゃん? 成績も、良うもないし悪うもないって感じでさー。友だちも、いなくはないけど、親友はいないっぽいし。得意なこともあんまりないけど、すごい苦手なもんもないって感じで、特徴がないっていうかさー。じゃけえ帰宅部なんも、さもありなんって感じじゃったけど。私は、タカちゃんが部活始めて、よかったと思うよ」

 散々な言われようの気はするが、さすがは姉というのか、的確な指摘の気がする。

「わがままも言わんわけじゃないけど、すぐに引っ込むし」
「ほうかのう……?」
「うん。自転車もさあ、最初は違うの欲しいって言いよったのに、あっさりこれでええって言うてさ」
「あれでよかったけえ」
「私のお古でもあんまり文句言わんけえ、罪悪感が湧くわ。もうちょっとわがまま言うときんさい」

 罪悪感なんてものがあったのか、と少し驚く。とてもそうは見えないのだが。

「じゃあ、小遣いくれ」
「あんたがデートするときになったら、あげるわ」

 そう言って、姉ちゃんはケラケラと笑った。