大地が寄る前に、いかにもヤンチャですと主張しているような若い男のグループが少女に声をかけたようだ。少女は形式的な笑みさえ浮かべてはいるが、口の端はほのかに強張っている。
「どうしよう……? って、大地くん!?」
 あおいが赤髪少女とグループを交互にオロオロ見ている時だった。
「その子、怖がってんぜ。テメェらが他人の目にどう映るか、少しは客観的に見たらどうだ?」
 金属製のアクセサリをジャラリと身に着けたオレンジ髪の男子高校生が、グループに遠慮なく言い放つ。言われた側は鬱陶しそうに顔を歪め、ああん? と声の方を向いたが、
「ヒッ、ごめんなさい!!」
 大地の鋭い睨みを見て、グループはソソクサと去っていくのであった。
 大地は少女に近寄り、ついでに顔の特徴をちらりと眺めてみると、
(か、かわいい……!)
 くりくりと大きな瞳に、柔らかな目尻。そしてスラッとした鼻立ち、ふっくら艶のある桃色の唇。近くで見ると、その顔立ちのレベルの高さが改めて伺えた。
「あ、あのっ、オレのこと覚えて――……」
 と、大地が伺いかけたその拍子に、
「怖がってる、ですって? そのセリフ、録音してリピート再生してろ!」
 背後から轟いたのはレミのツッコミ。ンだよォ、せっかくのイイ流れに水を差すなよ、と大地は文句を付けようとしたが、赤髪少女の引きつった笑みを前に文句は心の奥底へと封印した。
 研究部の代表者であるレミは大地を退かして、
「悪かったわね、このアホが迷惑かけて。見た目はまんまヤンキーだけど、性格は怖くないから。典型的な見た目だけの男よ、コイツはね」
「私たち、初心者でして。その様子だと、あなたも初心者さんですか?」
 あおいは天使の笑みで尋ねると、赤髪少女は困り顔で頬をかき、
「実を言うと……どうして私がここにいるのか、全くわからない状態でして……。いわゆる記憶喪失ってヤツ……かな?」
「記憶喪失? どういうことだ?」
 首を捻った大地は試しにコネクタの電源を切ると、目下の赤髪少女は完璧に消え、電源を入れ直すとその姿が再び現れる。彼女は仮想体としての参戦者らしい。着ている戦闘用のスーツも、カラーは多様だが、仮想体での参戦者が着ているフォーマットのものだ。
「やっぱり似てない? 例の写真の子の顔と」
 レミは目の前の少女とスマートフォンに映した顔写真を交互に見て、そう感想を漏らす。
 大地らは高校生宇宙飛行プロジェクトのことを少女に問うてみたものの、記憶喪失の彼女はやはり首を横に振る。
「はぁ、鍵になりそうな人物がよりによって記憶喪失とはね……。それにプレイヤー側にいるのも、よく考えてみたらう~んだし。てっきり運営側にいるものかと。ま、ともかく」
 レミは落胆から表情を戻して、あおいと一緒に首を捻り、
「話を記憶喪失に戻すけど、ひょっとしたら仮想体になったのが原因? オカルトな表現かもしれないけど、仮想体って魂と肉体の分離状態なのよね。それにアナログをデジタルに変換させるとも言えるの。その過程で記憶を司る部分に変換ミスが生じた、とか?」
「普通にしゃべれるってことは……〝意味記憶〟は無事で、〝エピソード記憶〟だけが抜け落ちたってことだよね? この世界での研究成果は知らないけど、実は脳ってまだわからないことだらけなんだ。だから変換装置が完璧じゃなかったのかも」
 人の記憶は大きく二種類に分けられ、言葉の意味を記憶する〝意味記憶〟、そして前者の対になる、自身の経験により記憶される〝エピソード記憶〟が存在する。
「じゃあ、ゲームで遊んだ〝エピソード〟は覚えてなくて、ゲームの〝意味〟自体は、記憶喪失前に知ってたら今も覚えてるってことか?」
「境界は曖昧だけどね。どっちの領域? って記憶もあるし」
 赤髪の少女はむむっと目をつむって、大きなバストを支えるように腕を組み、
「なんとなくだけど、ARをふんだんに使ったゲームだってのは覚えてるよ。だけど、どうしてここに私が……ってゆーのはサッパリ。気づいたら彷徨ってて」
 困惑顔であはは……と愛想笑いをした。
 大地も頭を抱えるついで、少女の綺麗な顔立ちを一瞥してみると、
(それにしても、誰かに似てる顔のような……? 気のせいか?)
 大地の関心を感じ取ったのか、
「ん、どうしたの?」
「あっ、いやいや! その髪飾り、珍しいなーなんて思ったんですよ、ハハッ」
 前髪を留めている、木星と地球を串刺しにした形の髪飾り。少女は前髪に手を掛け、外した髪飾りをマジマジと確認すると、
「へー、こんなの付けてたんだ。かわいいね。ふふん、気づいてくれてありがと」
 ニコッと、飾り気のない無垢な笑顔を大地に向けた。シンプルだからこそのよさ溢れるその笑みに、大地の全身が熱を帯びる。
「だいちー、顔赤いよ? 照れちゃってる?」
 レミは軽く肘をぶつけ、小悪魔のように後輩をからかったが、大地がすかさず反撃をする。
 一方、あおいは歓迎の意を含んだ笑みで、
「よかったら一緒に行動しない? 三人だと不安だし、一人でも味方が多いと嬉しいよ」
「え、いいの?」
「そうね。私たち生身だし、一人でも仮想体がいると戦略の幅が広がるわ。それに私たち、この写真の人物を追ってるのよ。ひょっとしたらあなたかもしれないから、記憶喪失の謎も一緒に追ってきましょう」
「ほんとだね、私に似てる……」
 写真を覗きながらあおいとレミの誘いを聞くと、赤髪少女は大地に上目使いで、
「キミは……どう? 私が混じっても……いいのかな?」
「ハッ、ハイ! 喜んで! 協力お願いします!」
「うん、ありがとう。よろしくね」
 レミは赤髪少女に改めて顔を向け、
「そうと決まったら自己紹介といきましょうか。私たち、研究部って部活の集まりよ。高校生宇宙飛行プロジェクトを研究する過程でちょっくらこのゲームに参戦したの。私は部長の深津檸御。レミでいいわ」
「私は中原あおい、高校二年生。ちなみにレミちゃんも同級生で、そこの大地くんが一年生。私のことはあおいって呼んでね」
「はえっ、その子年下だったの!?」
「それくらい上下関係のない部活ってこった。オレは逢坂大地、よろしくお願いします」
「あ、だから敬語使ってくれてたんだね。別にタメ口でいいよ」
「え、いいんっすか? わかった、じゃあタメ口で」
 それぞれの自己紹介を前にペコリと頭を下げた赤髪の少女は、大地に顔を向けて、
「そういえば『覚えてる?』ってさっき私に訊いた? 私たち知り合い?」
「いや、知り合いってほどじゃないんだ。講演会で話を聞いたことがあるってだけで。よく考えたら記憶喪失じゃなくても、オレのことを覚えてるはずなんかないかな」
「そうなんだ。ごめんね、やっぱりキミのことは覚えてなくて」
 彼女は三人を見回して、
「実は自分の名前も忘れちゃってて……。だけどね、〝ヒナ〟って呼ばれてたことはなぜか覚えてるんだ。だからみんな、ヒナって呼んでね。よろしくお願いします」
 自己紹介を終えると記憶喪失の少女、ヒナは礼儀正しく深々と頭を下げた。
「ああ、よろしく!」
 ヒナのチーム参加申請をレミが受諾し、晴れてヒナは研究部チームへと加わった。

       ◇

 時刻は午後十一時、五分前。
 集ったプレイヤーたちはスタッフの案内の元、ゲームフィールド内にある五か所のスタートエリアへと振り分けられることになった。人の密集による事故を防ぐためらしい。
「あの、すみません」
 移動中、レミはスタッフの一人にヒナの記憶喪失のことを相談した。
「ごめんなさい。私は雇われのバイトでして、技術的な面で詳しいことはお答えできません。研究所所属の研究員もスタッフとしてフィールドで待機しておりますので、よろしければそちらにご相談ください。私からも研究所に連絡を入れておきます」
「ありがとうございます」
 話しかけたスタッフがバイトであることは想定していたのか、レミは素直にお礼を述べる。
「ま、すんなり解決とはいかないな」
 広さ3×3平方キロメートルのゲームフィールド。大地たちはスタッフに付いていく形で摩天楼の下を歩き、研究部チームはエリアD、駅ビルを模した施設に面する六車線の通りで位置に着いた。フィールドを照らすのは道路脇の街灯程度で、建物内に灯りはあまりなく、辺りは薄暗い。道先に一般の通行人や自動車の姿は当然なかった。
 五分割されたことでぐっと減った二〇人ほどのプレイヤーが、大地らの傍で待機をしている。そしてプレイヤーの振り分けが完了したら、
『本日は我が“拡張現実研究所”主催の〈拡張戦線〉に参加していただき誠にありがとうございます。これからゲーム開始までの間、ルール説明をさせて頂きますのでプレイヤーの皆様はどうか聞き漏らしのないようお願いします』
 女性の声の案内が流れ始める。それに伴い、周りの喧騒は刻々と静まってゆく。
(この声、どっかで……。って、骨伝導で音を伝えてるのか?)
 左手首にはめた《パラレルコネクタ》を見やれば、小刻みな振動を音声に合わせて繰り返している。実感は湧かないが、振動による波が骨に伝わり、頭蓋骨に響いた振動が最終的に聴覚神経へ到達することによってプレイヤーに案内(こえ)を届けているようだ。
『チームの順位は、主にプレイ時間と敵手(エネミー)の撃破数から割り出された勝利ポイントより決定されます。すなわちより長く生き残り、よりエネミーを撃破することが勝利の鍵になります』
 仮想ウィンドウにゲームプレイ時間(秒)、エネミーの撃破数とレベル、チームの参加人数に伴う補正値、参戦形態による補正値(仮想体か否か)等のデータで構成された勝利ポイントの算出式が表示される。
『フィールド内には五段階にレベル分けされたエネミーが出現します。チームメンバー全員のHPがゼロになった時点で、そのチームはゲームオーバーとなります』
 ゲームオーバーになるまで獲得した勝利ポイントに応じ、上位三組を入賞とし、入賞チームには賞金と副賞が与えられる旨も伝えられる。
「お、なんだ?」
 突如、視界の中央に出現したのは、五つの仮想ウィンドウに分けられた武器のイラスト。
『皆様の視界に現れたでしょうか? それらはエネミーと対するための武器であり、お好きなものを一つ、ゲームの開始までに選ぶようお願いします。各武器の説明はウィンドウの右下にあるヘルプアイコンを選択してご確認ください。それではご武運を祈ります』
 コネクタの振動は途絶えた。そして視界の左下に、スタートまでのカウントダウンが赤いフォントで刻まれる。残り時間は三分弱――――。
「オレは〈ソード〉でいくぜ。やっぱ剣士が一番カッコいいだろ?」
 上段には、左から剣〈ソード〉、フィンガーレスグローブ〈ストライク〉の、下段には魔術ステッキ〈マジック〉、ハンドガン型の銃〈ショット〉、スナイパー型の銃〈ライフル〉のイラストが並ぶ。
「なになに、『フィールド内に隠されたウェポン〈セカンド〉を使うことで武器を進化させられます』……だって。それに近接戦闘型のは威力が高めで、遠距離型になると低くなるみたい」
 レミは悩ましげに仮想ウィンドウをスクロールさせる。
「私は〈ストライク〉にする。拳と脚に攻撃判定が生まるみたいだし、研究が活かせるかも」
「体術のあるあおいにはうってつけの武器じゃない? 私は……、〈ショット〉にしとこ。遠距離攻撃なら移動は少なくて済みそうだし」
 赤髪少女のヒナは三者の意見を聞いてから、
「それじゃあ私は〈ライフル〉で。みんな違う武器のほうが戦略は広がるよね」
「〈ライフル〉ってスナイパーの武器だろ? 扱いが一番難しいじゃねえの?」
 ヒナは豊満な胸を自信満々に張って、
「ふっふーん、私に任せなさい。なんだか知らないけど自信がみなぎってるのっ」