正宗くんが文字通り転がり込んできて、数時間後のいま。わたしは洗濯機のスイッチを入れるか入れないかで迷っている。
どうする? 物持ちがいいから最新式静音の洗濯機じゃないのよ。今日はお天気もいいし、日差しがもったいないんだってば。
女のひとり暮らしも長くなれば節約なのよ。まとめ洗いがいいと聞いたから今日みたいに天気が良ければ洗いたいし、天日干しをしてすっきりしたい。
……起こすか。
白湯がはいったマグカップをキッチンに置き、ソファーに近寄った。正宗くんは頭から毛布をかぶっている。部屋は暖めたはずだけれど、この寝方で寒くなかっただろうか。
「正宗くん、朝ですよ」
毛布のかたまりに声をかけたが無反応。
「おはよう~」
尚も優しく声をかけるが、まだ無反応。
「んん」
短い唸り声がした。起きたか。毛布のかたまりに手をかけて揺すってみた。検査のために寝ている患者さんを起こすみたいに。わたしは洗濯をしたいのだ。起きておくれ。
「起きて。朝だよ」
「んあ、ああ」
モコモコと毛布が動いて、中から正宗くんが顔を出した。
「あ」
「あ」
眼帯が外れて、右耳にぶら下がっている。
眠そうに開いた両方の目が、わたしを認める。やっぱり、綺麗な顔をしているから、思わず見とれてしまった。
なんだ。目は充血もしていないし、怪我をしている様子もない。しかし外見からは分からない疾患でもあるのだろうか。
「おばあさ……」
「は?」
おばあ? おばあさん? ……わたしのことか?
「失礼ね!」
「はあっ」
正宗くんは顔を背けながら耳にぶら下がった眼帯を探り当てると、慌てて目に装着した。
そんなに慌てるなら、サングラスでもしておけばいいのに。
「寝起きでおばあさんが起こしにきて悪かったわね」
「あ、いや、すみません」
「おばあさんって歳でもないけどね!」
干物女なのは認めるけれど。
寝起きすっぴんが悪かったのかもしれない。こういう時って、こういうって男性が泊まりに来た時ってことだけれど、薄化粧とかしたほうがよかったのかな。気を遣わな過ぎるわたしが悪かったのだろうか。もっとも、この部屋に男が泊まりに来たことなんて一度も無い。
「あ、朝だよ。洗濯したいから起きて」
「す、すみません。うう」
正宗くんは頭を抑えた。
「……二日酔い?」
「……少し」
水でも飲ませて少し休ませたほうがいいかもしれない。
「お水、飲む?」
「はい……」
わたしは、グラスを取り出して汚れをチェックし、冷蔵庫を開けた。このグラス洗ったっけ? まぁいいか。ペットボトルから水を注いで、正宗くんに持って行った。
「はい」
「すみません。ありがとうございます」
消え入りそうな声だ。
「勧められたお酒をホイホイたくさん飲むからだよ」
「はい……」
胃腸薬もいるかな。
とりあえず洗濯機まで行きスイッチをいれた。モタモタしていたら午前中が終わってしまう。洗濯洗剤を入れ、洗濯機が動き出すのを確認して、正宗くんのところへ戻った。
「今日は遅番だから。いったん自分の部屋に帰るんでしょ?」
言いながら昨夜のことを思い出す。自分のマンションまで行ったのに部屋の前に彼女がいるのを見て引き返し、別なところに泊まるなんて。もし一晩中帰っていないことが分かったなら、彼女にどんな言い訳をするつもりなんだろうか。夜勤明けは帰宅するはずなのだから。
「帰る……」
「そうだよ、帰らなきゃ。彼女も……」
まだ部屋の前で待っていたりして。逃げてきたのにまだ居たらどうするつもりなのだろう。
「あの、俺ちょっと帰れないんで」
「は?」
「帰れないんで、ここから出勤します」
白目。意味が分からない。なんで? 帰ってよ。
「彼女、まだいるかもしれないから」
可能性は否定できず、奇特なひとなら待っているかもしれない。わたしだったら帰るけれど。
「だから、だったら」
「待ち伏せされているかもしれないし」
どんだけ警戒しているの。待ち伏せとかされてもわたしに関係ないんだけれど。だとしたらなんだって言うのよ。
「すみません。お願いします」
頭を下げられても困る。返事をしないでいると、上目遣いで眼帯の顔がこっちを見ている。なにその捨て犬みたいな顔。やめて、心が乱れる。
「なん……だから、彼女と喧嘩でもしているの?」
「酔ってはいたけれど記憶はあります。昨夜、理由はお話ししました」
「なんだっけ」
「……先輩のほうが飲み過ぎなのではないでしょうか」
いちいち失礼だな。
「お、覚えているわよ! 心霊好きな彼女と合わない」
「その通り。だから、お願いします。少しのあいだ置いてください」
気にせいだろうか、さっきより要求がエスカレートしていないか。
「なに、少しのあいだって」
一晩だけじゃないわけ?
「隙を見て、家から着替えを持ってきます」
「え? は?」
「洗濯しているんですよね。このシャツ一緒に洗ってもいいですか? 俺が干しますから」
全部、彼のペースだ。
なんだ? 捨て犬みたいだと思っていたら、この強引さ。ツンデレ? 違うな、なんだろうツングイ? いやいや、なにを言っているの。
「ちょっと、あの」
「先輩、ひとりみたいだし。ね、お願い」
「みたいだしって、決めつけはよくないよ」
全部が正宗くんのペースだから腹が立ってきた。
「誰かいるんですか? 一緒に住んでいる恋人とか」
「目を凝らしてごらん」
「……いませんね。少なくとも心の澄んでいる俺には見えません」
「ぐっ」
鈍器攻撃か。わたしは大きくため息をついた。
どうする? 物持ちがいいから最新式静音の洗濯機じゃないのよ。今日はお天気もいいし、日差しがもったいないんだってば。
女のひとり暮らしも長くなれば節約なのよ。まとめ洗いがいいと聞いたから今日みたいに天気が良ければ洗いたいし、天日干しをしてすっきりしたい。
……起こすか。
白湯がはいったマグカップをキッチンに置き、ソファーに近寄った。正宗くんは頭から毛布をかぶっている。部屋は暖めたはずだけれど、この寝方で寒くなかっただろうか。
「正宗くん、朝ですよ」
毛布のかたまりに声をかけたが無反応。
「おはよう~」
尚も優しく声をかけるが、まだ無反応。
「んん」
短い唸り声がした。起きたか。毛布のかたまりに手をかけて揺すってみた。検査のために寝ている患者さんを起こすみたいに。わたしは洗濯をしたいのだ。起きておくれ。
「起きて。朝だよ」
「んあ、ああ」
モコモコと毛布が動いて、中から正宗くんが顔を出した。
「あ」
「あ」
眼帯が外れて、右耳にぶら下がっている。
眠そうに開いた両方の目が、わたしを認める。やっぱり、綺麗な顔をしているから、思わず見とれてしまった。
なんだ。目は充血もしていないし、怪我をしている様子もない。しかし外見からは分からない疾患でもあるのだろうか。
「おばあさ……」
「は?」
おばあ? おばあさん? ……わたしのことか?
「失礼ね!」
「はあっ」
正宗くんは顔を背けながら耳にぶら下がった眼帯を探り当てると、慌てて目に装着した。
そんなに慌てるなら、サングラスでもしておけばいいのに。
「寝起きでおばあさんが起こしにきて悪かったわね」
「あ、いや、すみません」
「おばあさんって歳でもないけどね!」
干物女なのは認めるけれど。
寝起きすっぴんが悪かったのかもしれない。こういう時って、こういうって男性が泊まりに来た時ってことだけれど、薄化粧とかしたほうがよかったのかな。気を遣わな過ぎるわたしが悪かったのだろうか。もっとも、この部屋に男が泊まりに来たことなんて一度も無い。
「あ、朝だよ。洗濯したいから起きて」
「す、すみません。うう」
正宗くんは頭を抑えた。
「……二日酔い?」
「……少し」
水でも飲ませて少し休ませたほうがいいかもしれない。
「お水、飲む?」
「はい……」
わたしは、グラスを取り出して汚れをチェックし、冷蔵庫を開けた。このグラス洗ったっけ? まぁいいか。ペットボトルから水を注いで、正宗くんに持って行った。
「はい」
「すみません。ありがとうございます」
消え入りそうな声だ。
「勧められたお酒をホイホイたくさん飲むからだよ」
「はい……」
胃腸薬もいるかな。
とりあえず洗濯機まで行きスイッチをいれた。モタモタしていたら午前中が終わってしまう。洗濯洗剤を入れ、洗濯機が動き出すのを確認して、正宗くんのところへ戻った。
「今日は遅番だから。いったん自分の部屋に帰るんでしょ?」
言いながら昨夜のことを思い出す。自分のマンションまで行ったのに部屋の前に彼女がいるのを見て引き返し、別なところに泊まるなんて。もし一晩中帰っていないことが分かったなら、彼女にどんな言い訳をするつもりなんだろうか。夜勤明けは帰宅するはずなのだから。
「帰る……」
「そうだよ、帰らなきゃ。彼女も……」
まだ部屋の前で待っていたりして。逃げてきたのにまだ居たらどうするつもりなのだろう。
「あの、俺ちょっと帰れないんで」
「は?」
「帰れないんで、ここから出勤します」
白目。意味が分からない。なんで? 帰ってよ。
「彼女、まだいるかもしれないから」
可能性は否定できず、奇特なひとなら待っているかもしれない。わたしだったら帰るけれど。
「だから、だったら」
「待ち伏せされているかもしれないし」
どんだけ警戒しているの。待ち伏せとかされてもわたしに関係ないんだけれど。だとしたらなんだって言うのよ。
「すみません。お願いします」
頭を下げられても困る。返事をしないでいると、上目遣いで眼帯の顔がこっちを見ている。なにその捨て犬みたいな顔。やめて、心が乱れる。
「なん……だから、彼女と喧嘩でもしているの?」
「酔ってはいたけれど記憶はあります。昨夜、理由はお話ししました」
「なんだっけ」
「……先輩のほうが飲み過ぎなのではないでしょうか」
いちいち失礼だな。
「お、覚えているわよ! 心霊好きな彼女と合わない」
「その通り。だから、お願いします。少しのあいだ置いてください」
気にせいだろうか、さっきより要求がエスカレートしていないか。
「なに、少しのあいだって」
一晩だけじゃないわけ?
「隙を見て、家から着替えを持ってきます」
「え? は?」
「洗濯しているんですよね。このシャツ一緒に洗ってもいいですか? 俺が干しますから」
全部、彼のペースだ。
なんだ? 捨て犬みたいだと思っていたら、この強引さ。ツンデレ? 違うな、なんだろうツングイ? いやいや、なにを言っているの。
「ちょっと、あの」
「先輩、ひとりみたいだし。ね、お願い」
「みたいだしって、決めつけはよくないよ」
全部が正宗くんのペースだから腹が立ってきた。
「誰かいるんですか? 一緒に住んでいる恋人とか」
「目を凝らしてごらん」
「……いませんね。少なくとも心の澄んでいる俺には見えません」
「ぐっ」
鈍器攻撃か。わたしは大きくため息をついた。