床に正座をしてヒーターにあたっている正宗くん。その様子を見て、先ほどのことを思い出す。せっかくマンションの前まで行ったのに、彼女の姿を見て「帰りたくない」なんて。
「彼女と、喧嘩でもしたの?」
正宗くんはなにも答えない。部外者のわたしが興味本位で聞くことじゃなかったのかもしれない。少し後悔をしていると、眼帯の顔がこちらを向く。
「喧嘩、というか……彼女と合わなくて……」
「はぁ」
性格の不一致なのか。お互い好きで交際をしてみたもののみたものの、合わなかったと。
じゃあ別れればいいのに。そう思うけれど、きっと簡単にはいかない理由があるんだ。
「彼女、その、心霊とか不思議体験とか、そういうのが好きで」
「へ? ……はあ」
趣味が合わないってことかしら。
「俺、心霊スポットとか苦手なんですよ……なのに、心スポ巡りしようよーとか、ホラー映画を借りてきたり、心霊番組を録画して見ていたり」
ああ、いるよね、そういうひと。正宗くんは苦手なのだからたまったもんじゃないな。なのに、彼女は分かってくれないと……なるほど、なるほど。
……知るか!
勝手に言っていてよなんでわたしがその面倒を見ないといけないわけ大体にしてアンタの四歳年上彼氏なし、会社でお世話になってる女の先輩に「泊めてください」ってイコール「抱いていいですか」じゃないの? 違うの? 違うか。勘違いにすぐ気付いてよかったわ泥酔してて雰囲気ぶち壊しだしなんか泣いてるし、なんなの本当に。
落ち着け、わたし。暴走してしまった。
「あの……」
わたしの顔色をうかがいながら正宗くんが言う。わたしは眉間に指を這わせて深呼吸をした。顔にいまの暴走が出ていたかしら。
「こ、この部屋に心霊DVDとかありますか……?」
「ないわよ、そんなもの」
「よ、よかった……」
独身女がそんなものひとりさみしく見るかよ。さみしいうえに怖いわ。
安心した様子でペットボトルの水を飲んだ。酔いが醒めてきたのかな。飲まされた酒の分解速度が速いのかもしれない。若さって素晴らしい。
ヒーターが一生懸命に暖かい空気を吐き出して、部屋が暖まってきた。わたしは気付けばビールを半分以上飲んでいた。
「ねぇ、正宗くん……ずっと眼帯をしているけど、ものもらいが酷いの? うち入ってからずっと取らないじゃない」
ものもらいだとしたら、うつらないといいなぁ。それか、傷があるとか? なにかを見られたくないのかなどと考えたが、全部が想像の域を出ない。
「いえ、あの」
眼帯をしていないほうの目が泳いでいる。これも興味本位で聞いていいものじゃないのだろうか。もしかして、目が不自由なのかな……そんな特記事項あったかな。
「この眼帯、理由があって」
やっぱり。言い淀むということは、知られたくない理由なのだ。知りたくなるじゃないか。
「理由とは」
「……言えません」
即答。そして目をそらされる。そうか、ならば仕方がない。
「……無理には聞かないけれど」
言えない理由なのだから無理に聞いては良くない。少なくとも、働いて日の浅い職場の先輩には話せない理由なのだから。
「すみません」
どうしてあやまるのだろう。その声がなんだか弱々しくて、聞いたこっちが申し訳なくなる。
「もう、休んだら」
声をかけると「ソファーお借りしていいですか」と聞かれた。お布団があるのに。
毛布だけ欲しいと言うので貸すと、のろのろ動いて、静かになったと思ったらソファーで寝息を立てはじめた。