それから数日後、もうひとつ変化があった。
正宗くんが仕事中に眼帯を外したのだ。

「ものもらい、治ったの? ずいぶんと長患いだったよねぇ」
「そんな顔をしてたんだねー」
「あらあら、男前だこと。わたしがあと二十歳若ければ」

患者さんたちにますます人気が出たようだ。
結局、ずっと目の治療中だったということにして、押し通していたのだから。強引に押すの、本当に得意だな。
眼科じゃなくてよかった。ここの病院じゃなかったら、こんなへんてこなことは通らなかった気がする。そばにいるこっちはハラハラし通しだったのだ。
それに、正宗くんが眼帯を外して仕事に行くと言い出したときは心配でたまらなかった。
「怖くないの?」
霊的なものが見えなくなったから眼帯を外したのではないからだ。
「見えますよ。怖いし、これからどうなるか分からない。でも見えたからって俺にはなにもできないし、今までと変わらない。見えるだけ。それだけなんです。状況が変わらないなら俺が変わらなきゃ」
そう言いながら正宗くんは外した眼帯をゴミ箱に捨てた。
「生きている人間には、生きているというだけでなんでもしてあげられる。でも、死んだ彼らに俺はなにもできない。だから、いま目の前にいる患者さんのために精一杯できることをしようって。そう思えるんです」
怪我や病気を治そうとがんばる患者さんのために。死んだら、してあげたくてもなにもできない。決意をする正宗くんの目はちょっと赤かった。
「俺の体がこうなったのも、なにか意味がある。先輩が教えてくれたんですよ。意味を見出したいんだ」
綺麗な両方の目で、しっかりわたしを見る。正宗くんの、見えない何かを見る目はなぜだかわたしに安心をくれる。
「あんなに嫌だったのに。とはいえ、まだ怖いんですけれど。急に出てくればびっくりするし」
「その瞬間はわたしも分かるだろうね」
ふたりでふふっと笑う。
「見えたら、俺ね。お疲れさまでした、どうか安らかにって、言うんです」
優しい気持ちになるように。なにか伝えたいことがあってそこにいるのかもしれないけれど、こちらは分かってあげられない。でも、祈ることだけはできるんだと。
「じゃあ、一緒のときにそういうことがあったら、こっそり教えてよ。わたしも言う。どうか、安らかにって」
同じ気持ちでいられるってこんなに幸せで優しい時間なんだ。正宗くんが教えてくれた。
お祖母ちゃんにも、ありがとうって言えたもの。正宗くんがいなかったら、こんな気持ちも分からずに生きていただろう。

日々の業務は続いていく。
病棟をラウンドする。患者さんに声をかけ、そして声をかけられる。
段々と分かってきた。いろんな患者さんがわたしのこの手を必要としているように、わたしには正宗くんが必要だ。
なかなか素直に言えないけれど。

ステーションへ戻るために廊下を歩いていると、向こうから正宗くんが困った顔で走ってきた。
なんかあったな。
「先輩! 患者さんがとても痛がっていて。暴れているんですよ」
「分かった。先生を呼んで。一緒にいこう」

救いたい、寄り添いたいという気持ちは、病棟の白い景色に広がる青葉の芽吹きのようだ。

正宗くんと、患者さんのもとへ走った。
明日も、明後日も、これからもずっと届ける。
わたしたちの手を、声を。必要とするひとのもとへ。




 了