◇
「仲直りしたんですか。それはよかった」
上岡さんに貰った牛タンジャーキーをかじりながら、正宗くんと一緒に缶ビールを飲んでいる。ふたりの時間のいつもの光景だ。
「仲直りっていうか、別に喧嘩したわけじゃないからね。でも、モヤモヤしないで送り出せてよかったよ」
「そうですか、そうですか。それはよろしゅうございましたねぇ」
「なにその適当な地区会長さんみたいな言い方」
「先輩こそなんですかその適当な地区会長って」
言いながら、正宗くんはブチッとジャーキーを噛み切る。なんだか怨念がこもっていませんか、目が怖いです。
「あーもしかして、やきもち焼いてるの?」
「そうですね。焼いてます」
「子供か」
「でも、もう先輩は俺のものなので。Jリーガーに勝利です」
恥ずかしすぎて頭を掻きむしりたくなる。死にそう。いや、死んでたまるか。
「ジャーキー美味しいねぇ」
「どうして話を逸らすんです」
逸らしたくもなる。握りしめた缶ビールをぐっと飲んだ。
「職場にはこのまま内緒なんだからね。一緒に住んでいることも、その、こうなっていることも」
「俺たちが交際中だということも」
「……わたしの立場もありますから」
分かっていますよと言って、またビールを飲んでいる。
「先輩と出会えて、先輩が俺のプリセプターでよかった」
しみじみ言わないでよ。恥ずかしいよ。
「仕事、がんばります。もっと先輩に頼られるように。できないこともできるように」
照れくさそうに笑う正宗くんを可愛いと思う。愛おしくて、こんな気持ちは初めてかもしれない。
「ほかのひとにできて、正宗くんができないことなんか、ないよ」
「励ますのが得意な先輩は、自分を励ますことはあまり得意じゃないみたいだから、俺が励まします」
わたしにそう言ってくれるのは、彼だけだ。
「もう今更どうにもできないけれど、わたし本当にぐうたらだし料理もできないよ」
「ほかのひとにできて、先輩ができないことなんかないし、先輩はほかの誰よりずっと素敵なんだから」
「やめて」
もう、嬉しくて顔が笑っちゃう。料理できないし掃除も下手だけれど、正宗くんを誰よりも思うよ。
「……よろしくね」
正宗くんの手は迷わずわたしの手を握ってくれる。真っ直ぐに。
わたしたちは手を繋いで歩いていく。いつまでなのかは分からないけれど、ずっとこのひとがそばにいてくれますように。
いつの間にか、そう願うようになっていたんだ。
再びカレンダーがめくれていき、三月某日。
今日はプリセプターシッププログラム修了式当日だ。修了証が授与され、研修と反省会を繰り返した一年間のプリセプターシップが修了する。
プリセプターとプリセプティの関係から卒業しても、わたしと正宗くんは、職場ではよき先輩後輩であり、プライベートではよきパートナーでありたい。
終了式で正宗くんは、わたしに感謝の手紙を読んでくれた。
「野中先輩は時に優しく、時に厳しく、ご指導くださいました。そして、わたしとともに悩んでくれました……」
慣れないほめ言葉を並べてくれたので、背中がこそばゆい。
先輩や後輩がニコニコして見ている。なんか、わたしバタバタしてちゃんと教えることができていたのか不安だったのだけれど、なんとか乗り越えた一年だったように思う。これもひとえに、正宗くんが優秀だったからだ。
修了証書をじっと見つめながら、正宗くんが「終わったけれど、看護師としてはまだまだ。これからです」と静かにいった。
その姿がとてもたくましくて、頼もしいなと思った。
後輩であり、プログラム途中で恋人となったこと。
そして彼には秘密があること。いろんなことがあって、泣いたり笑ったりした。
思い出してひとりで赤面し、ちょっと涙ぐんだりしながらの式だった。
「仲直りしたんですか。それはよかった」
上岡さんに貰った牛タンジャーキーをかじりながら、正宗くんと一緒に缶ビールを飲んでいる。ふたりの時間のいつもの光景だ。
「仲直りっていうか、別に喧嘩したわけじゃないからね。でも、モヤモヤしないで送り出せてよかったよ」
「そうですか、そうですか。それはよろしゅうございましたねぇ」
「なにその適当な地区会長さんみたいな言い方」
「先輩こそなんですかその適当な地区会長って」
言いながら、正宗くんはブチッとジャーキーを噛み切る。なんだか怨念がこもっていませんか、目が怖いです。
「あーもしかして、やきもち焼いてるの?」
「そうですね。焼いてます」
「子供か」
「でも、もう先輩は俺のものなので。Jリーガーに勝利です」
恥ずかしすぎて頭を掻きむしりたくなる。死にそう。いや、死んでたまるか。
「ジャーキー美味しいねぇ」
「どうして話を逸らすんです」
逸らしたくもなる。握りしめた缶ビールをぐっと飲んだ。
「職場にはこのまま内緒なんだからね。一緒に住んでいることも、その、こうなっていることも」
「俺たちが交際中だということも」
「……わたしの立場もありますから」
分かっていますよと言って、またビールを飲んでいる。
「先輩と出会えて、先輩が俺のプリセプターでよかった」
しみじみ言わないでよ。恥ずかしいよ。
「仕事、がんばります。もっと先輩に頼られるように。できないこともできるように」
照れくさそうに笑う正宗くんを可愛いと思う。愛おしくて、こんな気持ちは初めてかもしれない。
「ほかのひとにできて、正宗くんができないことなんか、ないよ」
「励ますのが得意な先輩は、自分を励ますことはあまり得意じゃないみたいだから、俺が励まします」
わたしにそう言ってくれるのは、彼だけだ。
「もう今更どうにもできないけれど、わたし本当にぐうたらだし料理もできないよ」
「ほかのひとにできて、先輩ができないことなんかないし、先輩はほかの誰よりずっと素敵なんだから」
「やめて」
もう、嬉しくて顔が笑っちゃう。料理できないし掃除も下手だけれど、正宗くんを誰よりも思うよ。
「……よろしくね」
正宗くんの手は迷わずわたしの手を握ってくれる。真っ直ぐに。
わたしたちは手を繋いで歩いていく。いつまでなのかは分からないけれど、ずっとこのひとがそばにいてくれますように。
いつの間にか、そう願うようになっていたんだ。
再びカレンダーがめくれていき、三月某日。
今日はプリセプターシッププログラム修了式当日だ。修了証が授与され、研修と反省会を繰り返した一年間のプリセプターシップが修了する。
プリセプターとプリセプティの関係から卒業しても、わたしと正宗くんは、職場ではよき先輩後輩であり、プライベートではよきパートナーでありたい。
終了式で正宗くんは、わたしに感謝の手紙を読んでくれた。
「野中先輩は時に優しく、時に厳しく、ご指導くださいました。そして、わたしとともに悩んでくれました……」
慣れないほめ言葉を並べてくれたので、背中がこそばゆい。
先輩や後輩がニコニコして見ている。なんか、わたしバタバタしてちゃんと教えることができていたのか不安だったのだけれど、なんとか乗り越えた一年だったように思う。これもひとえに、正宗くんが優秀だったからだ。
修了証書をじっと見つめながら、正宗くんが「終わったけれど、看護師としてはまだまだ。これからです」と静かにいった。
その姿がとてもたくましくて、頼もしいなと思った。
後輩であり、プログラム途中で恋人となったこと。
そして彼には秘密があること。いろんなことがあって、泣いたり笑ったりした。
思い出してひとりで赤面し、ちょっと涙ぐんだりしながらの式だった。