「僕、上岡さんと一緒にチヴェッタでプレーしたい」
「え、きみが来るころ、俺いくつなんだろう」
可愛らしい夢だ。その頃は現役なのかな。でも、なんとなく上岡さんならいけそう。
「まだいけるよ!」
「そうかな。そうだな。がんばるよ」
「うん! 僕もがんばる」
がんばる。がんばるって言葉は、頑なに張るって書くから、あまり好きじゃなかった。字面が辛そうなんだもん。でも結局、がんばるんだよ。とにかく。
「清四郎くんを励まそうと思っていたのに、逆に俺が励まされちゃったよ」
長い間、わたしと正宗くんを放置したことに気付いたのか、上岡さんがこちらを向いてにやっと笑った。よかった。ふたりとも笑顔が戻った。上岡さんはもとからこんな感じだけれど。
「子供ってすごいな」
ふぅとため息をつきながら、正宗くんが小さな声で言った。
「そうだね。わたしたちはオロオロするばかりだった」
「上岡さんもやっぱりすごいひとですね」
「なに言っているの。俺なんかチャラいしチャランポランで、もう」
「いやいや、清四郎くんの前でなに言っているんですか」
「おお、そうだな」
上岡さんが、頭に手をやった。そういうところは、そうですね。チャラいです。
「ふたりとも、そろそろ眠くなりません?」
「そうだな。俺は病室戻るよ。清四郎は?」
「うん、僕も戻る。ちょっと眠くなってきた」
よかった。おしゃべりをして程よく疲れたのか眠気が来たらしい。睡眠薬の話をしなくてもよさそう。
「じゃあ、戻りましょうか」
わたしたちはそれぞれ、病室へ戻っていった。
送り届けて、ステーションへ戻ると、正宗くんも清々しい顔をして戻ってきた。
「上岡さんと清四郎くん、眠れそうです」
「そう、よかった」
リーダーにそう報告して、みんなでほっと胸をなで下ろした。
それからは珍しくほかにコールもなく、静かに時間が過ぎて勤務終了の時間になった。
申し送りをして、深夜勤スタッフと交代。
「お疲れさまでした」
勤務表を見ると、明日は正宗くんが休みで、わたしが深夜だった。そっか。
「なんか俺が休みだと悪い気がしちゃいます」
「なんでよ」
「自分が休んで先輩が深夜出勤をしなければいけなくて、見送らなければいけないから」
「政宗くんの気持ちが複雑過ぎてわたしには理解できない。洗濯をしてご飯作っててくれればそれでありがたいです」
「本当に先輩は鈍感」
なんとでも言え。
「先輩。帰りちょっとひっかけます?」
正宗くんは、お酒を飲む仕草をした。
「きみは休みかもしれないけど、わたし深夜なんですけどー」
少しくらいなら飲んでも平気なんだけど。いままでも飲みに行くことは何度もあったし。でもなんだか今日は疲れたなからできれば真っ直ぐ帰りたい。
「ああ、そうかぁ……」
飲みに誘うくらいはみんなのいる前でしてもいい。別に変じゃない。
「じゃあ正宗くん、わたしたちと行かない?」
一緒に入っていたスタッフふたりが、どうやらこれから飲みに繰り出すらしい。
「いいんですか? 俺、行ってみたい店があるんですよ」
「教えて。わたしたち店どこも決めていないから逆に助かる」
正宗くんはすごく嬉しそうにそうだ。変わり身の早いやつめ。
「えー、いいなぁ」
「お千代は明日深夜なんだから、真っ直ぐ帰って寝なよ」
「そうそう。正宗くんはわたしたちに任せて」
「なんでわたしをはぶるんですか。酷い」
いじわるい笑顔を浮かべる先輩たちを涙目で見てやった。正宗め、もう教えてやらないからな。
「ていうか、なんすか、はぶるって」
正宗くんがきょとんとした顔で言う。
「知らない? え? 言いませんか、はぶるって」
「また若いふりしてそんな言葉使って」
「え、若者言葉じゃないですよ、昔からありますよ」
「じゃあ今夜はお千代をはぶって三人で行こうね」
「ひどいよおお」
はぶるの使い方は合っているけれど、結局ひどい。わたしは悲しい。
「ウソウソ。いく?」
先輩がごめんねーと頭を撫でてくれた。子供扱いされている。いい加減大人ですけれど。
「いえ、そうは言っても実は今日もう帰って寝たいんです……」
「なんだ。じゃあやっぱり三人だね」
わたしに聞きにくいこともあるでしょうから、正宗くんもこの時間を有意義に使ったらいい。

三人と別れ、いそいそと駐車場へ向かった。
缶ビール一本くらいは飲みたいな。正宗くんまさしこたま飲まされて泥酔して帰ってこないといいけれど。
車をスタートさせ、どこのコンビニに寄ろうか考えた。深夜営業もしているスーパーのほうがいいかしら。帰ってから料理するのも面倒だし。
携帯がメッセージ受信音を奏でている。誰だろうこんな時間に。赤信号で停車したときに手早く見てみたら正宗くんだった。
『煮物がタッパーにあります。ご飯は釜に保温してありますから』
なんだって。いつのまにそんなもの作っていたのだろうか。気付かなかった。
返信は帰宅してからするとして、正宗くんが作ってくれた煮物があるならば魚肉ソーセージと缶ビールだけ買って帰ることにする。
道すがら、上岡さんと清四郎くんのことを思い出していた。
同じスポーツをしていて、いいな。心が通じ合って。辛いことがあっても古い友達じゃなくてもお互いのことが少し理解できて励ましあえるっていいな。
人間って、素敵だなぁ。
心がほんわかと温まりつつ、コンビニに寄って帰った。今日はリビングで寝ないようにしよう。