「主任がおっしゃっていましたが、病棟は迷路みたいだって」
「どこの病院もそうかもね。うちは大病院じゃないから巨大迷路ではないよ」
「俺は迷路というより白い森みたいに感じます……迷ったらもう二度と出られない」
病棟を白い森に例えるのは前向きだと思ったがマイナス思考過ぎたので却下。
「緊張しますね」
「大丈夫ですよ。わたしも緊張しているから」
アハハと硬い笑顔を見せた。
顔なじみの患者さんが声をかけてくれる。小さい子には手を振る。全部は案内しきれないから、案内図での説明もあとからしなくちゃ。
時間を確認すると、もうすぐ夕食の時間だった。今日は時間の流れが速く感じる。
「外来も入院患者も一日百人越えなんですよね」
「そうね」
忙しさで目が回る時が多々あるかわり、やりがいも感じられる。
「一日の勤務時間帯を平均した場合、入院患者人数に対し、えーと、人数は」
「十三人」
「ハイ正解」
わたしとしたことが、単純に数字が出てこなかっただけだけれど、穴埋めクイズになってしまった。
「ごめん、いま数字ド忘れした」
「病院の概要とか理念とかも頭に入っています。一応は」
「エライ」
「院長のブログとか読んできました」
勤勉だな。そのへんはとても好感が持てる。
あとは患者さんとの相性とかかな。いまは彼が読んだり書いたりした知識で前に進んでいても、必ず壁にぶち当たるから。その時が先輩の出番である。たぶん。
「男性は整形外科ではとても重宝されますよ。正宗くん腕力に自信は?」
「女性よりは力が強いと思いますよ」
「心強いね。がんばろー」
「ハーイ」
できれば、その壁を自力で破ったり乗り越えたりできる人間になって欲しい。新人くんに、多くを望み過ぎだろうか。
「あっちへいくと、回復期リハビリ病棟で……」
わたしだって負けていられない。自分が知らないことは教えることができないんだから。教えるって、自分の勉強にもなるから。
あっちがこういう場所、向こうがこんな部屋と指さすこの手が、後輩を育てることに少しでも役に立てれば嬉しい。
◇
正宗くんがやってきて一カ月ちょっと過ぎたころ、歓迎会が行われた。
みんな忙しくて、なかなか予定が取れず延び延びになっていたが、やっと開催することができた。
新入看護師の歓迎会は病院からほど近い、赤ちょうちんの店に集合となった。
「正宗くんて、苗字も名前みたいよねー。ビジュアルは眼帯のせいで伊達政宗だけどねー」
「正宗くんて、伊達家と関係あるの?」
「正宗くんて呼べばいいの? それとも徹影くん? てっちゃん? かげ?」
女性ばかりの職場に放たれたオスの子犬は震えている。かわいそうに。正宗くんは犬って感じじゃないな。猫っぽいな。
医師は男性が多いのだけれど、今日は参加していない。看護師も全員の参加は難しいから、集まれる人たちだけになったけれど。後日、別口で飲みに行けばいいしね。
正宗くんは、矢継ぎ早に投げられる質問をひきつった笑顔で聞いている。
一番歳が近いわたしでも、四個離れているし。四歳っていったら高三と中一でしょ? ジェネレーションギャップ。いや、それでもわたしが間に入り守ってあげなくちゃいけない。守って……まも……。
「でもいいなぁお千代、イケメンのプリセプターなんて、羨ましいことしかないよ」
「お千代に教えて貰っているけれど、大丈夫? 怖くない?」
「わたしも教える教えるー。なんでも聞いて」
先輩たちは正宗くんをガチガチに包囲し、わたしは援護射撃に向かえない。仕事の話、プライベートの話、あれこれグイグイ突かれている。
ごめん、自分で乗り切ってくれ。
「千代子先輩は優しいですし、説明も分かりやすくて、とても安心して学べます」
「あらそぉ」
自分たちで聞いておいて「あらそう」ってなに。彼はどうやら数ある質問の中から仕事のものを選んで回答したようだ。名字が正宗だからって伊達家と無関係だとは説明しなくてもいいと却下したのだな。
正宗くんを一ヶ月教えていて気付いたこと。頭の回転がとても速い。覚えてしまえば、わたしよりできるようになると思う。
「お千代と正宗で時代劇みたいだよね」
「あはは、本当」
それはわたしも思っていましたよ。古風でわりと気に入っている。あと、みんなわたしを「お千代」と呼ぶ。
そしてここは女だらけの大奥。正宗くんは放り込まれた若様。なんて妄想している場合じゃない。
「正宗くんは覚えも良いので、わたしのことすぐ追い越すと思いますよ」
先輩達はわたしの言葉を聞いているのか聞いていないのか、もう別の話題で盛りあがっていた。
「聞いてないし」
文句すら誰も聞いていない。もういい、好きにしてくれ。
「どこの病院もそうかもね。うちは大病院じゃないから巨大迷路ではないよ」
「俺は迷路というより白い森みたいに感じます……迷ったらもう二度と出られない」
病棟を白い森に例えるのは前向きだと思ったがマイナス思考過ぎたので却下。
「緊張しますね」
「大丈夫ですよ。わたしも緊張しているから」
アハハと硬い笑顔を見せた。
顔なじみの患者さんが声をかけてくれる。小さい子には手を振る。全部は案内しきれないから、案内図での説明もあとからしなくちゃ。
時間を確認すると、もうすぐ夕食の時間だった。今日は時間の流れが速く感じる。
「外来も入院患者も一日百人越えなんですよね」
「そうね」
忙しさで目が回る時が多々あるかわり、やりがいも感じられる。
「一日の勤務時間帯を平均した場合、入院患者人数に対し、えーと、人数は」
「十三人」
「ハイ正解」
わたしとしたことが、単純に数字が出てこなかっただけだけれど、穴埋めクイズになってしまった。
「ごめん、いま数字ド忘れした」
「病院の概要とか理念とかも頭に入っています。一応は」
「エライ」
「院長のブログとか読んできました」
勤勉だな。そのへんはとても好感が持てる。
あとは患者さんとの相性とかかな。いまは彼が読んだり書いたりした知識で前に進んでいても、必ず壁にぶち当たるから。その時が先輩の出番である。たぶん。
「男性は整形外科ではとても重宝されますよ。正宗くん腕力に自信は?」
「女性よりは力が強いと思いますよ」
「心強いね。がんばろー」
「ハーイ」
できれば、その壁を自力で破ったり乗り越えたりできる人間になって欲しい。新人くんに、多くを望み過ぎだろうか。
「あっちへいくと、回復期リハビリ病棟で……」
わたしだって負けていられない。自分が知らないことは教えることができないんだから。教えるって、自分の勉強にもなるから。
あっちがこういう場所、向こうがこんな部屋と指さすこの手が、後輩を育てることに少しでも役に立てれば嬉しい。
◇
正宗くんがやってきて一カ月ちょっと過ぎたころ、歓迎会が行われた。
みんな忙しくて、なかなか予定が取れず延び延びになっていたが、やっと開催することができた。
新入看護師の歓迎会は病院からほど近い、赤ちょうちんの店に集合となった。
「正宗くんて、苗字も名前みたいよねー。ビジュアルは眼帯のせいで伊達政宗だけどねー」
「正宗くんて、伊達家と関係あるの?」
「正宗くんて呼べばいいの? それとも徹影くん? てっちゃん? かげ?」
女性ばかりの職場に放たれたオスの子犬は震えている。かわいそうに。正宗くんは犬って感じじゃないな。猫っぽいな。
医師は男性が多いのだけれど、今日は参加していない。看護師も全員の参加は難しいから、集まれる人たちだけになったけれど。後日、別口で飲みに行けばいいしね。
正宗くんは、矢継ぎ早に投げられる質問をひきつった笑顔で聞いている。
一番歳が近いわたしでも、四個離れているし。四歳っていったら高三と中一でしょ? ジェネレーションギャップ。いや、それでもわたしが間に入り守ってあげなくちゃいけない。守って……まも……。
「でもいいなぁお千代、イケメンのプリセプターなんて、羨ましいことしかないよ」
「お千代に教えて貰っているけれど、大丈夫? 怖くない?」
「わたしも教える教えるー。なんでも聞いて」
先輩たちは正宗くんをガチガチに包囲し、わたしは援護射撃に向かえない。仕事の話、プライベートの話、あれこれグイグイ突かれている。
ごめん、自分で乗り切ってくれ。
「千代子先輩は優しいですし、説明も分かりやすくて、とても安心して学べます」
「あらそぉ」
自分たちで聞いておいて「あらそう」ってなに。彼はどうやら数ある質問の中から仕事のものを選んで回答したようだ。名字が正宗だからって伊達家と無関係だとは説明しなくてもいいと却下したのだな。
正宗くんを一ヶ月教えていて気付いたこと。頭の回転がとても速い。覚えてしまえば、わたしよりできるようになると思う。
「お千代と正宗で時代劇みたいだよね」
「あはは、本当」
それはわたしも思っていましたよ。古風でわりと気に入っている。あと、みんなわたしを「お千代」と呼ぶ。
そしてここは女だらけの大奥。正宗くんは放り込まれた若様。なんて妄想している場合じゃない。
「正宗くんは覚えも良いので、わたしのことすぐ追い越すと思いますよ」
先輩達はわたしの言葉を聞いているのか聞いていないのか、もう別の話題で盛りあがっていた。
「聞いてないし」
文句すら誰も聞いていない。もういい、好きにしてくれ。