気持ちを鎮めるためにビールをひとくち、正宗くんもひとくち。ナポリタンには手をつけていない。
「それも、きつかったんですけど」
ボソボソと話す正宗くんは、とても頼りない。
「怖いから消えてくれ、俺にはなにもできない、見えるだけだからって心から思って、そう言うんです。あと、こんなこと自覚したくないんだけれど、慣れてきちゃう」
「慣れるだろうね。看護師の仕事もそうだけれど」
「先輩、他人ごとだと思って。アレと看護師の仕事を一緒にしないでください」
それもそうだ、茶化したように聞こえたなら悪かったかな。そういう意味で言ったんじゃないんだけれども。
「そんなこと思ってないよ。聞いてるよ、ちゃんと」
手にしていた缶ビールをテーブルに置いて正宗くんはますます肩を落とした。他にもなにかあったんだな。
「で、……それだけじゃなくて」
悪いことは重な、か。
「うん」
「ラウンドで清四郎くんのところへ行ったんです。そしたらベッドの明かりが点いていて」
なんとなくそうかと思ったが当たり、清四郎くんのことだ。
「眠れないみたいだったんで少しだけ話をしたんです」
「うん」
「清四郎くん、もうサッカーできないって……泣かれて……俺うまく言葉をかけられなくて。情けない」
やっぱり。
本当に、サクセスストーリーのサッカー映画を見ようと持ち掛けなくて良かった。どちらが前後するにしてもタイミング的に危なかった。せっかく清四郎くんと仲よくなったのに、傷口に塩を塗るようなことをするところだった。
ため息をついて正宗くんは下を向く。そんなに気を落とさなくてもいい、あなたのせいじゃない。
「辞めたい?」
唐突な質問だったかもしれない。でも、悩んだり落ち込んだりすると結局いきつくところはそこになるから。
「……いいえ」
「病院にアレは出るし、清四郎くんを元気付けることもできなかった。自分はなんて無力なんだろうって、思うよね」
今日できなくても明日できればいい業務ではない。今夜の清四郎くんを元気付けるのは政宗くんしかいなかった。できないわけがないし、可能性を生かすも殺すも彼次第で、わたしの役目でもある。
「もう、辞めたい?」
「いいえ」
分かっている。彼は「辞めたい、辞める」とはきっと言わない。なりたくてなった看護師。なるまでいろいろあったけれど憧れて夢を叶えて、いまその場所に立っている。
「看護師が夢で、女性ばかりの業種なのによく決めて目指したよね。いまだって女性ばかりの職場で、よくやっていると思うよ。政宗くんすごいよ。がんばって看護師になったはいいけれど、夢と現実の違いに戸惑って悩んで辞めるひとたくさんいるの。それでも患者さんの心や体を支え、患者さんのためになにかしてあげたいって気持ちを持てる、素敵な職業だと思うよ。そして、きみはそうなれるよ」
プリセプターという立場だから言うけれど、実は自分にも言い聞かせているから。
「辞めないで欲しいし、がんばろ。職場の先輩方もいるし、ひとりで悩むことはないよ。わたしは政宗くんのプリセプターだけれど、ひとりで抱えて帰宅するのではなく、誰かに相談すればよかったね」
「俺、先輩に一番に話したくて」
「そっか。先輩冥利に尽きるね」
一番にわたしか。喜んで自惚れてもいいだろうか。
「政宗くんはできる。わたしがついてるし」
「それが一番心強いです」
また言ってくれるんだね、一番だって。政宗くんの一番は嬉しいな。彼はふっと息を吐き、少し落ち着いたみたいで笑顔を見せてくれた。
「病院でアレを見ちゃったあとで、とどめを刺された気分です」
「ほら、ナポリタン食べて元気出してよ。美味しいよ」
「俺が作ったんですけど」
「そうね。だからさ食べて元気になって。冷めちゃったから温め直そうか」
「いや、いいです。このままで」
正宗くんは、ゆっくりと冷めてしまったナポリタンを食べはじめた。
今日はとりあえず食べて元気になろう。お腹が空いていたんじゃ、力が入らない。
そして、明日からまたがんばるんだ。
「それも、きつかったんですけど」
ボソボソと話す正宗くんは、とても頼りない。
「怖いから消えてくれ、俺にはなにもできない、見えるだけだからって心から思って、そう言うんです。あと、こんなこと自覚したくないんだけれど、慣れてきちゃう」
「慣れるだろうね。看護師の仕事もそうだけれど」
「先輩、他人ごとだと思って。アレと看護師の仕事を一緒にしないでください」
それもそうだ、茶化したように聞こえたなら悪かったかな。そういう意味で言ったんじゃないんだけれども。
「そんなこと思ってないよ。聞いてるよ、ちゃんと」
手にしていた缶ビールをテーブルに置いて正宗くんはますます肩を落とした。他にもなにかあったんだな。
「で、……それだけじゃなくて」
悪いことは重な、か。
「うん」
「ラウンドで清四郎くんのところへ行ったんです。そしたらベッドの明かりが点いていて」
なんとなくそうかと思ったが当たり、清四郎くんのことだ。
「眠れないみたいだったんで少しだけ話をしたんです」
「うん」
「清四郎くん、もうサッカーできないって……泣かれて……俺うまく言葉をかけられなくて。情けない」
やっぱり。
本当に、サクセスストーリーのサッカー映画を見ようと持ち掛けなくて良かった。どちらが前後するにしてもタイミング的に危なかった。せっかく清四郎くんと仲よくなったのに、傷口に塩を塗るようなことをするところだった。
ため息をついて正宗くんは下を向く。そんなに気を落とさなくてもいい、あなたのせいじゃない。
「辞めたい?」
唐突な質問だったかもしれない。でも、悩んだり落ち込んだりすると結局いきつくところはそこになるから。
「……いいえ」
「病院にアレは出るし、清四郎くんを元気付けることもできなかった。自分はなんて無力なんだろうって、思うよね」
今日できなくても明日できればいい業務ではない。今夜の清四郎くんを元気付けるのは政宗くんしかいなかった。できないわけがないし、可能性を生かすも殺すも彼次第で、わたしの役目でもある。
「もう、辞めたい?」
「いいえ」
分かっている。彼は「辞めたい、辞める」とはきっと言わない。なりたくてなった看護師。なるまでいろいろあったけれど憧れて夢を叶えて、いまその場所に立っている。
「看護師が夢で、女性ばかりの業種なのによく決めて目指したよね。いまだって女性ばかりの職場で、よくやっていると思うよ。政宗くんすごいよ。がんばって看護師になったはいいけれど、夢と現実の違いに戸惑って悩んで辞めるひとたくさんいるの。それでも患者さんの心や体を支え、患者さんのためになにかしてあげたいって気持ちを持てる、素敵な職業だと思うよ。そして、きみはそうなれるよ」
プリセプターという立場だから言うけれど、実は自分にも言い聞かせているから。
「辞めないで欲しいし、がんばろ。職場の先輩方もいるし、ひとりで悩むことはないよ。わたしは政宗くんのプリセプターだけれど、ひとりで抱えて帰宅するのではなく、誰かに相談すればよかったね」
「俺、先輩に一番に話したくて」
「そっか。先輩冥利に尽きるね」
一番にわたしか。喜んで自惚れてもいいだろうか。
「政宗くんはできる。わたしがついてるし」
「それが一番心強いです」
また言ってくれるんだね、一番だって。政宗くんの一番は嬉しいな。彼はふっと息を吐き、少し落ち着いたみたいで笑顔を見せてくれた。
「病院でアレを見ちゃったあとで、とどめを刺された気分です」
「ほら、ナポリタン食べて元気出してよ。美味しいよ」
「俺が作ったんですけど」
「そうね。だからさ食べて元気になって。冷めちゃったから温め直そうか」
「いや、いいです。このままで」
正宗くんは、ゆっくりと冷めてしまったナポリタンを食べはじめた。
今日はとりあえず食べて元気になろう。お腹が空いていたんじゃ、力が入らない。
そして、明日からまたがんばるんだ。