今回、わたしはプリセプターを初めて経験する。
自分が新人の時は主任がプリセプターだった。
緊張と不安でなにか得体の知れないものが口から出そうだ。けれども、ここで吐くわけにはいかない。新人のほうがわたしより何倍も不安なはずだ。まずその不安を取り去ってあげないといけない。
笑顔を心がけよう。男性だろうと女性だろうと、仕事は仕事。頼られる存在にならなくちゃいけないし、分かりやすいように教えたい。
……とはいうものの、結局は目で見て体で覚えて臨機応変に、かな。急にできるようにはならないから、段々と。
「まず、建物内を案内しますね」
「はい。お願いします」
「一度案内したからって全て覚えられないと思うから、そのうち覚えてください」
「はい」
返事をはっきり言えて非常によろしい。挨拶もきちんとできる。
眼帯をしていない方の目が澄んでいて、真っ直ぐわたしを見ている。そんなにじっと見ないで欲しい。
「……目、ものもらい?」
「え?」
声が小さかっただろうか。じっとわたしを見ている。
「目、どうしたの?」
「あ、ちょっと……ものもらい、みたいな」
緊張してものもらいになったのか。はっきり言わないところが気にはなったがしかしそれ以上は突っ込まず案内は進めることにする。
「こっちが職員口、休憩所はここ。煙草は吸いますか?」
「いいえ、吸いません」
「そっか。一応、喫煙所は外です」
主要な施設の案内は必須で、場所が分かるということは行動しやすくなるということだ。どこにどんな場所や部屋があるか知っているだけで安心に繋がる。迷っちゃうからね。
院内の説明をして、午前中は終わりそうだった。
「日勤帯のお昼は、交代で食事をします。お弁当とか買ってきたものとか食べることができるけど」
「今日は持ってきたので、それを食べます」
「お弁当?」
「おにぎりと漬け物ですけど」
漬け物って。若いんだからもっと卵焼きとか肉とか、栄養のあるものを食べればいいのに。
「手早く簡単に食べられるからいいと思うんです。おにぎり」
たしかに。忙しいから優雅にランチとか無理だ。こんなことはいちいち言わなくても実習で分かっているかな。
声が心地いい。清潔感もあって、眼帯が取れればさぞかし綺麗な顔をしているのだろうと想像する。しかしなんだろう。人間の顔って不思議だな。片方の目が隠れているだけで、人相がいまいち認識できない。人間の認識能力ってこんなものなのだろうか。
なにか事件の目撃者になっても犯人の人相説明できないなこれ。
「漬け物が好きなの?」
「はい。実家のおばあちゃんがよく送ってくれるので」
「わたしもたくあんが好き。あれだけでご飯食べられる」
漬け物の話をして楽しいかな。振る話題を間違えたかもしれない。
「野中さん、たくあん好きですか?」
ああ、なんでこんな話をしているのだろう。でもせっかく話しかけてくれているのだからと、わたしはこくこく頷きながら緩い反応をした。
「今度、おばあちゃんのたくあん持ってきますね」
たくあんの話はいい。いや、ごめん。なんでもない。
「おばあちゃん子なんですね」
「そうですね」
ということは、お年寄りを大事にする心が備わっていると思う。患者はお赤ちゃんからお年寄りまで幅広いけれど、やはりお年寄りが多いから。
「入院患者さん、お話好きなおばあちゃんおじいちゃん多いから……なんとなく分かるかな。おしゃべりは、大丈夫?」
「嫌いじゃありません」
ふっと笑った。
眼帯はちょっと気になるけれど、物腰柔らかで、熟女にモテそう。勝手な想像だけれどそんな気がする。
実際、真新しい制服を着た長身の男性が物珍しいのか、談話スペースにいたおばあちゃん達が談笑しながらこっちを見ている。
「楽しそうだなぁ」
彼は目を細めて、ぼそっとそんなことを言った。
みんななにかしら病気や怪我を抱えているから入院しているのに、楽しいなんて。
「へんなこというね」
「おばあちゃん達って、楽しみを見つける天才ですよね」
なるほどね。そうかもしれない。日々の業務に追われてそんな風に考えることもしなくなったからか、はっとした。
自分が新人の時は主任がプリセプターだった。
緊張と不安でなにか得体の知れないものが口から出そうだ。けれども、ここで吐くわけにはいかない。新人のほうがわたしより何倍も不安なはずだ。まずその不安を取り去ってあげないといけない。
笑顔を心がけよう。男性だろうと女性だろうと、仕事は仕事。頼られる存在にならなくちゃいけないし、分かりやすいように教えたい。
……とはいうものの、結局は目で見て体で覚えて臨機応変に、かな。急にできるようにはならないから、段々と。
「まず、建物内を案内しますね」
「はい。お願いします」
「一度案内したからって全て覚えられないと思うから、そのうち覚えてください」
「はい」
返事をはっきり言えて非常によろしい。挨拶もきちんとできる。
眼帯をしていない方の目が澄んでいて、真っ直ぐわたしを見ている。そんなにじっと見ないで欲しい。
「……目、ものもらい?」
「え?」
声が小さかっただろうか。じっとわたしを見ている。
「目、どうしたの?」
「あ、ちょっと……ものもらい、みたいな」
緊張してものもらいになったのか。はっきり言わないところが気にはなったがしかしそれ以上は突っ込まず案内は進めることにする。
「こっちが職員口、休憩所はここ。煙草は吸いますか?」
「いいえ、吸いません」
「そっか。一応、喫煙所は外です」
主要な施設の案内は必須で、場所が分かるということは行動しやすくなるということだ。どこにどんな場所や部屋があるか知っているだけで安心に繋がる。迷っちゃうからね。
院内の説明をして、午前中は終わりそうだった。
「日勤帯のお昼は、交代で食事をします。お弁当とか買ってきたものとか食べることができるけど」
「今日は持ってきたので、それを食べます」
「お弁当?」
「おにぎりと漬け物ですけど」
漬け物って。若いんだからもっと卵焼きとか肉とか、栄養のあるものを食べればいいのに。
「手早く簡単に食べられるからいいと思うんです。おにぎり」
たしかに。忙しいから優雅にランチとか無理だ。こんなことはいちいち言わなくても実習で分かっているかな。
声が心地いい。清潔感もあって、眼帯が取れればさぞかし綺麗な顔をしているのだろうと想像する。しかしなんだろう。人間の顔って不思議だな。片方の目が隠れているだけで、人相がいまいち認識できない。人間の認識能力ってこんなものなのだろうか。
なにか事件の目撃者になっても犯人の人相説明できないなこれ。
「漬け物が好きなの?」
「はい。実家のおばあちゃんがよく送ってくれるので」
「わたしもたくあんが好き。あれだけでご飯食べられる」
漬け物の話をして楽しいかな。振る話題を間違えたかもしれない。
「野中さん、たくあん好きですか?」
ああ、なんでこんな話をしているのだろう。でもせっかく話しかけてくれているのだからと、わたしはこくこく頷きながら緩い反応をした。
「今度、おばあちゃんのたくあん持ってきますね」
たくあんの話はいい。いや、ごめん。なんでもない。
「おばあちゃん子なんですね」
「そうですね」
ということは、お年寄りを大事にする心が備わっていると思う。患者はお赤ちゃんからお年寄りまで幅広いけれど、やはりお年寄りが多いから。
「入院患者さん、お話好きなおばあちゃんおじいちゃん多いから……なんとなく分かるかな。おしゃべりは、大丈夫?」
「嫌いじゃありません」
ふっと笑った。
眼帯はちょっと気になるけれど、物腰柔らかで、熟女にモテそう。勝手な想像だけれどそんな気がする。
実際、真新しい制服を着た長身の男性が物珍しいのか、談話スペースにいたおばあちゃん達が談笑しながらこっちを見ている。
「楽しそうだなぁ」
彼は目を細めて、ぼそっとそんなことを言った。
みんななにかしら病気や怪我を抱えているから入院しているのに、楽しいなんて。
「へんなこというね」
「おばあちゃん達って、楽しみを見つける天才ですよね」
なるほどね。そうかもしれない。日々の業務に追われてそんな風に考えることもしなくなったからか、はっとした。