「お待たせしまた。ご注文お伺いします」
小走りで店員さんがテーブルにきた。
「えーと、メンチカツ定食ひとつ」
欲望通りガッツリ肉系いくのだな。
「わたしはドリンクバーとバニラアイス」
「すみません、定食にドリンクバーつけてください」
「承知いたしました。ご注文くりかえします……」
メニューを閉じホルダーに戻した。注文を確認した店員さんは、また小走りで戻っていった。視線を戻すと朋美はテーブルに両腕を乗せてぐっと迫ってきた。
「ねぇ、お千代」
「ん?」
朋美は丸っこい目をきゅっと細めてわたしを見た。この丸っこい目がひとを油断させるのだろうか。朋美と仲良しの患者さんは多い。
「……なんかへんだぞ。どうした、なにかあった?」
「なにも、ないよ」
「わたしの看護師の勘が叫んでいる」
「朋美の看護師の勘って叫ぶのか」
どうして詩的になるのだ。怖いな、鋭いひとは気を付けねばならない。会話での言葉のチョイスを間違ったかな。丸っこい目に油断してしゃべり過ぎたかもしれない。
丸っこい目は細められてじっとりとしてくる。
「……男女だった場合の話だがプリセプターとプリセプティの恋愛は、とても多い」
ピピピピと脳内でなにかを判断し結果を出したのだろう。
「なんの統計よ」
「当社比。だから、プリセプターとプリセプティの恋愛の話よ」
「……恋愛は、していない」
朋美が興味津々過ぎてキラキラしだした。干物からしたらとても眩しくて見ていられない。
「言いたいことがあれば聞くけど。心配ごと抱えていたら仕事に支障が出るからね」
「病棟業務で支障が出て失敗したら、間違えましたすみませんどころじゃ済まないからね」
ふたりで「ね」と頷きあう。
「助けて、朋美」
「おう、任せろ」
どうして目がキラキラしているんだ。しかも楽しそう。
「内緒だからね」
「骨折しても他言しない」
「骨折したらわたしが看病するね」
「頼む」
「あのね、いま」
「うん」
一呼吸おく。
「正宗くん、うちにいるの」
丸っこい目をさらに丸くして口が「あ」で止まった。
「まじか」
「そう」
「うそだろ」
「本当」
そうね。そういう反応になるよね。仕方ないよね。
少しの間がありちょうど料理を運んでくる店員さんが視界に入った。うちのかな、うちのだ。
「お待たせいたしました。メンチカツ定食のお客様ぁ」
朋美は定食のトレー、わたしはバニラアイスを受け取った。
「……ちょっと先にドリンク取ってくるわ」
「わたしも。先どうぞ」
荷物を見ているために朋美が先にドリンクバーコーナーへ行き、次に自分の飲み物を取ってきた。
言っちゃった。だって、味方がいたほうがいい。朋美なら信頼できるし面白半分に言いふらしたりしないひとだ。
炭酸水がグラスでシュワワと弾けてストローの表面を泡が伝っていく。ひとくち飲んで喉を潤した。
「でさ、話を戻すけれど……本当?」
「本当だって。今日、ふたりとも休日。政宗くんはちょっと風邪気味で部屋で寝ている」
シフト表を見ていればわかることだ。
「ふたりで休日なんてなにそれグットタイミング」
「いくない」
「日本語正確に」
「……よくない」
朋美はアイスコーヒーをゴクリと音を立てて飲んだ。
「なんで一緒に過ごさないの」
「どうして一緒に過ごさなきゃならないの」
「つき合ってんでしょ? ちょっと早いけどまぁ祝福するわよ」
「つき合ってないどうしてそうなるの、違うわ!」
朋美は察する能力に長けていても盛大な勘違いだった。
「え、違うの」
わたしはアイスの表面にスプーンを滑らせた。メロンソーダにしてバニラアイスを乗せればよかったかなと今更思う。
「だって、一緒に住んでいるんでしょ?」
「まぁ。そうなんだけど。正宗くん、体ひとつで転がり込んできたんだよね。文字通り」
「そうなの? いつから」
「歓迎会の日の帰りから」
「正宗くん、手クセ悪いなぁ」
順序立てて話さないといけないね。
「いやいや、そんなんじゃないよ。彼女いるし」
「もっと悪いじゃん」
「朋美、口からメンチカツの破片が飛んだよ」
「ごめん」
「いや、違う。別れたんだった」
「は? なんか急展開の急展開」
同感。当のわたしだって急展開過ぎてついていけてないんだから。
「そうなの。歓迎会の夜、彼女と合わないから帰りたくないと言い出したところから話が始まるんだけど……」
「オラワクワクすっぞ!」
ワクワクするな。
わたしは順序立てて申し送りをするように歓迎会の帰りのことを説明した。そんなに複雑な話じゃないが、眼帯のことはもちろん伏せた。
「……ふうん。気が弱いかなと思っていたけれどずいぶんとまあ強引なんだね。普段、仕事中はそんな感じしないのに。ちょっと不思議な雰囲気があるだけで」
「そう。だから、プリセプターとの恋愛がどうのという統計は当てはまらないし、関係ない」
「つまんないな」
「つまって欲しいお願い」
メンチカツを頬張りながら、朋美はまた「ふうん」と言った。バニラアイスは半分ほど食べたのだが残った半分は溶けている。
「お千代は干物気味だからちょうどいいんじゃない。つき合っちゃえばいい」
「どうしてそうなる」
「だらしないのも治るかもしれない」
「う」
「正宗くん、お千代のこと凄く信頼しているみたいだし」
「信頼してくれているのはありがたいけれど、それと交際は関係ない。違う、断じてそういうことじゃない」
炭酸水に浮かんでいた氷も溶けて無くなっている。
「助けてって言ったじゃん。正宗くんに迫られて困っているって」
「そんなこと言ってない。勝手に脳内変換しないで。いま、朋美の想像力が豊か過ぎて困っている」
「じゃあ、なにを悩んでいるのよ」
「男と暮らしたことがないから。知ってるでしょ、わたしの恋愛遍歴を。彼氏と同棲経験のある朋美と違うのよ」
「うん。妖精だってことは知っている」
処女を妖精っていうな。恋人が存在していたことがあるのに処女なのよ。朋美には分からないよ。
小走りで店員さんがテーブルにきた。
「えーと、メンチカツ定食ひとつ」
欲望通りガッツリ肉系いくのだな。
「わたしはドリンクバーとバニラアイス」
「すみません、定食にドリンクバーつけてください」
「承知いたしました。ご注文くりかえします……」
メニューを閉じホルダーに戻した。注文を確認した店員さんは、また小走りで戻っていった。視線を戻すと朋美はテーブルに両腕を乗せてぐっと迫ってきた。
「ねぇ、お千代」
「ん?」
朋美は丸っこい目をきゅっと細めてわたしを見た。この丸っこい目がひとを油断させるのだろうか。朋美と仲良しの患者さんは多い。
「……なんかへんだぞ。どうした、なにかあった?」
「なにも、ないよ」
「わたしの看護師の勘が叫んでいる」
「朋美の看護師の勘って叫ぶのか」
どうして詩的になるのだ。怖いな、鋭いひとは気を付けねばならない。会話での言葉のチョイスを間違ったかな。丸っこい目に油断してしゃべり過ぎたかもしれない。
丸っこい目は細められてじっとりとしてくる。
「……男女だった場合の話だがプリセプターとプリセプティの恋愛は、とても多い」
ピピピピと脳内でなにかを判断し結果を出したのだろう。
「なんの統計よ」
「当社比。だから、プリセプターとプリセプティの恋愛の話よ」
「……恋愛は、していない」
朋美が興味津々過ぎてキラキラしだした。干物からしたらとても眩しくて見ていられない。
「言いたいことがあれば聞くけど。心配ごと抱えていたら仕事に支障が出るからね」
「病棟業務で支障が出て失敗したら、間違えましたすみませんどころじゃ済まないからね」
ふたりで「ね」と頷きあう。
「助けて、朋美」
「おう、任せろ」
どうして目がキラキラしているんだ。しかも楽しそう。
「内緒だからね」
「骨折しても他言しない」
「骨折したらわたしが看病するね」
「頼む」
「あのね、いま」
「うん」
一呼吸おく。
「正宗くん、うちにいるの」
丸っこい目をさらに丸くして口が「あ」で止まった。
「まじか」
「そう」
「うそだろ」
「本当」
そうね。そういう反応になるよね。仕方ないよね。
少しの間がありちょうど料理を運んでくる店員さんが視界に入った。うちのかな、うちのだ。
「お待たせいたしました。メンチカツ定食のお客様ぁ」
朋美は定食のトレー、わたしはバニラアイスを受け取った。
「……ちょっと先にドリンク取ってくるわ」
「わたしも。先どうぞ」
荷物を見ているために朋美が先にドリンクバーコーナーへ行き、次に自分の飲み物を取ってきた。
言っちゃった。だって、味方がいたほうがいい。朋美なら信頼できるし面白半分に言いふらしたりしないひとだ。
炭酸水がグラスでシュワワと弾けてストローの表面を泡が伝っていく。ひとくち飲んで喉を潤した。
「でさ、話を戻すけれど……本当?」
「本当だって。今日、ふたりとも休日。政宗くんはちょっと風邪気味で部屋で寝ている」
シフト表を見ていればわかることだ。
「ふたりで休日なんてなにそれグットタイミング」
「いくない」
「日本語正確に」
「……よくない」
朋美はアイスコーヒーをゴクリと音を立てて飲んだ。
「なんで一緒に過ごさないの」
「どうして一緒に過ごさなきゃならないの」
「つき合ってんでしょ? ちょっと早いけどまぁ祝福するわよ」
「つき合ってないどうしてそうなるの、違うわ!」
朋美は察する能力に長けていても盛大な勘違いだった。
「え、違うの」
わたしはアイスの表面にスプーンを滑らせた。メロンソーダにしてバニラアイスを乗せればよかったかなと今更思う。
「だって、一緒に住んでいるんでしょ?」
「まぁ。そうなんだけど。正宗くん、体ひとつで転がり込んできたんだよね。文字通り」
「そうなの? いつから」
「歓迎会の日の帰りから」
「正宗くん、手クセ悪いなぁ」
順序立てて話さないといけないね。
「いやいや、そんなんじゃないよ。彼女いるし」
「もっと悪いじゃん」
「朋美、口からメンチカツの破片が飛んだよ」
「ごめん」
「いや、違う。別れたんだった」
「は? なんか急展開の急展開」
同感。当のわたしだって急展開過ぎてついていけてないんだから。
「そうなの。歓迎会の夜、彼女と合わないから帰りたくないと言い出したところから話が始まるんだけど……」
「オラワクワクすっぞ!」
ワクワクするな。
わたしは順序立てて申し送りをするように歓迎会の帰りのことを説明した。そんなに複雑な話じゃないが、眼帯のことはもちろん伏せた。
「……ふうん。気が弱いかなと思っていたけれどずいぶんとまあ強引なんだね。普段、仕事中はそんな感じしないのに。ちょっと不思議な雰囲気があるだけで」
「そう。だから、プリセプターとの恋愛がどうのという統計は当てはまらないし、関係ない」
「つまんないな」
「つまって欲しいお願い」
メンチカツを頬張りながら、朋美はまた「ふうん」と言った。バニラアイスは半分ほど食べたのだが残った半分は溶けている。
「お千代は干物気味だからちょうどいいんじゃない。つき合っちゃえばいい」
「どうしてそうなる」
「だらしないのも治るかもしれない」
「う」
「正宗くん、お千代のこと凄く信頼しているみたいだし」
「信頼してくれているのはありがたいけれど、それと交際は関係ない。違う、断じてそういうことじゃない」
炭酸水に浮かんでいた氷も溶けて無くなっている。
「助けてって言ったじゃん。正宗くんに迫られて困っているって」
「そんなこと言ってない。勝手に脳内変換しないで。いま、朋美の想像力が豊か過ぎて困っている」
「じゃあ、なにを悩んでいるのよ」
「男と暮らしたことがないから。知ってるでしょ、わたしの恋愛遍歴を。彼氏と同棲経験のある朋美と違うのよ」
「うん。妖精だってことは知っている」
処女を妖精っていうな。恋人が存在していたことがあるのに処女なのよ。朋美には分からないよ。