「俺の夢だったんです。子供の頃から、看護師になりたかったんですよ。両親も医療現場に携わっていて、俺が小さいときに退職しましたが母親は看護師だった。職場である病院に行ったときに姿を見て医療ってすごい、病院で働きたいなって」
お母様が看護師でその姿を見て自分も看護師になりたいなんて、素敵な話だ。
「母親のあの底なしの優しさと心に寄り添える能力が凄かった。俺もそうなりたくて。患者さんの一番近くにいたくて、看護師しかない。それなのに俺、こんな体になっちゃって……病院なんて超アレ出るじゃないすか……」
アレ。場所的に出やすいんだろうなぁ、やはり。うちの病院がどうかは、わたしは見たことがないけれど患者さんで見たと話しているのと聞いたことがある。
時計を見ると一時間以上が経っている。少しのつもりが、正宗くんの告白を聞く一時間になった。
「夢が叶おうとしている時に、事故にさえ遭わなければこんな体にならなかったのに」
「正宗くん……」
「整形外科なら人の死から遠いかなという考えでした。あの病院は手術も多いし経験も積める。優秀な先輩たちもたくさんいるだろう。だから選んだんです。夜勤があるのは知っていました。だからがんばろうって決めて夢を叶えた。ここからだがんばるぞって。でも……」
再び頭を抱えた。かわいそうだな……。わたしには霊感とかないし見たこともないからいまいち分かってあげられないけれど、本人にとっては一生の問題だろうから。
「ねぇ政宗くん。言いたくなければいいけど、その、どんな風に見えるの?」
怖がらせたくて聞いているわけじゃないことは分かって欲しい。
「あれはこちらに危害を加えないだろうなとか、悪いやつだなとか、分かるわけ?」
「……分かるやつと分からないのとあります」
その説明だと分からない。中途半端な気持ちと知識で聞くべきではなかったか。
「……血だらけとか?」
そう言うとあからさまに嫌そうな顔をした。悪かったよ、ごめんよ……。
「ぼんやりしているかはっきりしているか、声だけのときもあります。見えたり聞こえたりするだけで、そして俺が怖がっているだけで、向こうはどうしたいのかは分かりません。本当に、見えるだけ。それだけなんです。俺はなにもできない」
看護師ではなく霊媒師のほうが向いているのではないか。職業の選択を間違えたのでは。
しかしこんなに怖がっていたら無理か。
「わたしはなにも分からないんだけれど、あれだよね。本人にしてみれば大きな悩みだものね……。なんの根拠もなく大丈夫とか、適当なことは言えないけれど」
理解されないことを抱えて、好きだった彼女に嫌がることばかりされて、傷ついてきたんだろうな。勝手に想像しちゃうな。
「秘密を聞いてしまったし、だからね、わたしも一緒に考える。正宗くんが仕事ちゃんとできるように」
わたしの言葉を聞いて困ったような顔をして、正宗くんが顔を上げる。
「ど、どうした。嫌だ?」
なにかへんなことを言ってしまっただろうか。
「違いますよ。そうじゃなくて……いままで、興味津々か、嫌がられるかおかしいヤツだなってしか思われなかったのに」
「思うやつには思わせておけばいいじゃん」
「初めて言われました。一緒に考えるなんて。先輩って不思議なひとですね」
「そ、そう、かな」
慣れないことを言われて挙動不審になる。ビールの缶がないところに手を伸ばしてしまった。
「こ、こんな干物女でも、役に立つかもよ」
なんの自己アピールだ。ああもう余計なことを言ってしまいそうだから会話を終わらせたい。
「なんですか、干物って。先輩が?」
「そう」
「面倒くさがり? でしたっけ」
「まぁ、そんな感じ。面倒だからいいかなーみたいにね。段々とそうなっていったというか。掃除が面倒だから適当とか。食事が適当とか」
「初めてここ来たとき、足の踏み場もないほど散らかっているわけじゃなかったですけれど」
「掃除はまぁ、適当だけれどしているもん。料理も適当で段々しなくなったけれど」
「だいたい適当。なんか、分かる気がします」
意外ですねとか言って欲しいな。わたしを見て適当だって分かるのか。
「そう。仕事以外はね適当よね。美容院とか頻繁に行かない」
「家でジャージ」
みんな格好つけていても家でジャージなんじゃないの。
「ふかふか可愛い部屋着を着る意味が分からない」
「適当にジャージ。高校の時のみたいな」
「そう。家でぐうたらしている時、行動範囲は一畳」
「すっぴんで」
「そう。適当に」
ふはっ。ふたりでふき出した。
「先輩は好きな人がいたことありますか?」
干物だっていうからそんな疑問を投げてよこすのだろうな。安心したまえ。筋金入りの干物だから心配しないでほしい。
「あるよ。彼氏がいたこともあるよっ。一週間だけ」
「恋愛も適当なんですか?」
「……それは……」
いまは恋愛も面倒になったと言いそうになってやめた。わたしには仕事があるから、他のことに構えない。ひとのことを思うなら患者さんのことを思いたい。
なんて綺麗ごとだろうか。
「眠くなってきちゃった」
正宗くんのひとつだけの視線がいやで、ごまかした。
「もう休みましょうか。先輩疲れているし。明日、栄養満点なメニュー作りますね」
誰のお陰で疲れたと思っているのか。
ここに引っ越したときに買ったゆったり座れるふたりがけソファー。ここに、わたしはいつもひとりで座っていた。
「恋い焦がれたら、なにか得るものあるのかな」
ひとりごとを漏らしたが、正宗くんも眠そうにして反応しなかったし、聞こえなかったのだろう。
お母様が看護師でその姿を見て自分も看護師になりたいなんて、素敵な話だ。
「母親のあの底なしの優しさと心に寄り添える能力が凄かった。俺もそうなりたくて。患者さんの一番近くにいたくて、看護師しかない。それなのに俺、こんな体になっちゃって……病院なんて超アレ出るじゃないすか……」
アレ。場所的に出やすいんだろうなぁ、やはり。うちの病院がどうかは、わたしは見たことがないけれど患者さんで見たと話しているのと聞いたことがある。
時計を見ると一時間以上が経っている。少しのつもりが、正宗くんの告白を聞く一時間になった。
「夢が叶おうとしている時に、事故にさえ遭わなければこんな体にならなかったのに」
「正宗くん……」
「整形外科なら人の死から遠いかなという考えでした。あの病院は手術も多いし経験も積める。優秀な先輩たちもたくさんいるだろう。だから選んだんです。夜勤があるのは知っていました。だからがんばろうって決めて夢を叶えた。ここからだがんばるぞって。でも……」
再び頭を抱えた。かわいそうだな……。わたしには霊感とかないし見たこともないからいまいち分かってあげられないけれど、本人にとっては一生の問題だろうから。
「ねぇ政宗くん。言いたくなければいいけど、その、どんな風に見えるの?」
怖がらせたくて聞いているわけじゃないことは分かって欲しい。
「あれはこちらに危害を加えないだろうなとか、悪いやつだなとか、分かるわけ?」
「……分かるやつと分からないのとあります」
その説明だと分からない。中途半端な気持ちと知識で聞くべきではなかったか。
「……血だらけとか?」
そう言うとあからさまに嫌そうな顔をした。悪かったよ、ごめんよ……。
「ぼんやりしているかはっきりしているか、声だけのときもあります。見えたり聞こえたりするだけで、そして俺が怖がっているだけで、向こうはどうしたいのかは分かりません。本当に、見えるだけ。それだけなんです。俺はなにもできない」
看護師ではなく霊媒師のほうが向いているのではないか。職業の選択を間違えたのでは。
しかしこんなに怖がっていたら無理か。
「わたしはなにも分からないんだけれど、あれだよね。本人にしてみれば大きな悩みだものね……。なんの根拠もなく大丈夫とか、適当なことは言えないけれど」
理解されないことを抱えて、好きだった彼女に嫌がることばかりされて、傷ついてきたんだろうな。勝手に想像しちゃうな。
「秘密を聞いてしまったし、だからね、わたしも一緒に考える。正宗くんが仕事ちゃんとできるように」
わたしの言葉を聞いて困ったような顔をして、正宗くんが顔を上げる。
「ど、どうした。嫌だ?」
なにかへんなことを言ってしまっただろうか。
「違いますよ。そうじゃなくて……いままで、興味津々か、嫌がられるかおかしいヤツだなってしか思われなかったのに」
「思うやつには思わせておけばいいじゃん」
「初めて言われました。一緒に考えるなんて。先輩って不思議なひとですね」
「そ、そう、かな」
慣れないことを言われて挙動不審になる。ビールの缶がないところに手を伸ばしてしまった。
「こ、こんな干物女でも、役に立つかもよ」
なんの自己アピールだ。ああもう余計なことを言ってしまいそうだから会話を終わらせたい。
「なんですか、干物って。先輩が?」
「そう」
「面倒くさがり? でしたっけ」
「まぁ、そんな感じ。面倒だからいいかなーみたいにね。段々とそうなっていったというか。掃除が面倒だから適当とか。食事が適当とか」
「初めてここ来たとき、足の踏み場もないほど散らかっているわけじゃなかったですけれど」
「掃除はまぁ、適当だけれどしているもん。料理も適当で段々しなくなったけれど」
「だいたい適当。なんか、分かる気がします」
意外ですねとか言って欲しいな。わたしを見て適当だって分かるのか。
「そう。仕事以外はね適当よね。美容院とか頻繁に行かない」
「家でジャージ」
みんな格好つけていても家でジャージなんじゃないの。
「ふかふか可愛い部屋着を着る意味が分からない」
「適当にジャージ。高校の時のみたいな」
「そう。家でぐうたらしている時、行動範囲は一畳」
「すっぴんで」
「そう。適当に」
ふはっ。ふたりでふき出した。
「先輩は好きな人がいたことありますか?」
干物だっていうからそんな疑問を投げてよこすのだろうな。安心したまえ。筋金入りの干物だから心配しないでほしい。
「あるよ。彼氏がいたこともあるよっ。一週間だけ」
「恋愛も適当なんですか?」
「……それは……」
いまは恋愛も面倒になったと言いそうになってやめた。わたしには仕事があるから、他のことに構えない。ひとのことを思うなら患者さんのことを思いたい。
なんて綺麗ごとだろうか。
「眠くなってきちゃった」
正宗くんのひとつだけの視線がいやで、ごまかした。
「もう休みましょうか。先輩疲れているし。明日、栄養満点なメニュー作りますね」
誰のお陰で疲れたと思っているのか。
ここに引っ越したときに買ったゆったり座れるふたりがけソファー。ここに、わたしはいつもひとりで座っていた。
「恋い焦がれたら、なにか得るものあるのかな」
ひとりごとを漏らしたが、正宗くんも眠そうにして反応しなかったし、聞こえなかったのだろう。