おつまみとちょっと飲んであとはもう適当に眠りたい。なにもしたくない。でも、ため息連発の後輩くんはちょっとガス抜いてあげないとだめだと思う。
「青い石がたくさん置いてあったけど、あれなんなの?」
「……あ、ああ」
眼帯の顔は、聞かれたくないことを質問されたんだなと分かる変わりようだ。まさか地雷でも踏んだだろうか。ガス抜きのつもりが充填かな。
「趣味?」
「あ……邪気を払うとか魔除けにいいって聞いて。だから置いていたんです」
「ふうん」
パワーストーンの類ということか。
聞かれたくないならはぐらかせばいいのにと思うのだが。話題を変えたかっただけで、別にそこに下駄箱の上にある石に特別の興味があったわけじゃないの。
「あの……」
呼ばれて再び隣を見る。眼帯と濡れたような隣の目がわたしを見ていたから呼吸を止めてしまった。青い石のことはきっと聞いてはいけなかったのだろうな。そんな苦しそうな顔をするなんて。
「先輩、変だと思わないで欲しいんですけれど」
「え?」
正宗くんは、ビールの缶をテーブルに置いた。
「俺のこと、頭がおかしいとか思わないで欲しいんですけれど」
「思ってないよ」
なんのことだ。
「この。これのこと」
缶から離れた指が目元に行き眼帯をさわる。
「これ」
「眼帯……?」
青い石がそこに繋がる話なわけ? どういうことだろう。想像できなくて首を傾げる。
「俺、見えるんです」
「は?」
「見えちゃうんですよ。こっちの目だけ」
「なに、が」
左目に着けた眼帯をぐっとおさえている。怪我だか病気だか分からないけれど、調子が悪いんだったら触らないほうがいいよ。わたしもビールをテーブルに置く。
「こっちの目なんですけれど、その、あの……霊的な」
「ん?」
「……幽霊っていえば理解しやすいでしょうか」
は? ささやきを聞くように耳を傾けたというのにその言葉はいったい。
「あー……えー……」
耳から入ってきた情報を脳内で処理できない。たくさん瞬きをして眉間にしわを寄せてしまった。わたしのその反応を見て正宗くんは頬を膨らませた。
「あ、ほらやっぱり。なんかおかしいのに捕まったなとか思ったでしょ。だから言うのいやだったんですよ。もうそういうこと言っちゃうひと苦手だわぁみたいな顔されるんですよね大学の友達にも意を決して話したらうへぇみたいなさ、別に冗談とかからかっているわけじゃないのに俺は悲しいんですよほんと悲しく」
「ちょっとうるさい」
頭を抱えて後悔している彼を制止する。うるさいし情緒不安定だしちょっと落ち着いて欲しい。
「……なにも言ってないでしょ」
「だって、顔が」
「顔がなによ」
「俺が冗談を言っていると、思っているでしょ……」
そりゃあすぐに全部信じろというほうがおかしいでしょうが。
「あー……だからなの? 夜の病院を異常に怖がっていたの」
「そうですよ。だめですか?」
「だめじゃないけど」
どうしてちょっと突っかかってくるんだ。お酒を飲んでいるのもあるかもしれないけれど、頭にくるな。
「すみません。もう忘れてください」
「は?」
ちょっとなに言っているのか分からない。なんだ、忘れてくださいって。
「なに子供みたいなスネ方してんのよ」
「……」
「自分の言っていること信じて貰えないからって、そういう態度よくない」
「……すみません」
まったくもう。話をするならもっとうまくやって欲しい。
ビールを飲み、柿の種を口の中にザラザラと入れた。バリボリ租借してビールで流す。最高だな。話題がこんなことじゃなかったら、もっと最高なのに。
理解するのに時間がかかり、疲労しているのににわかには信じられない霊の話だ。
「子供の頃からそれが見えるわけ?」
「いいえ。恐がりな子供だっただけです。小学校の同級生たちと肝試しをやった時も、恐怖はありましたが特になにも。見たことは無かったんです」
子供は大人に見えないものが見えたりするというけれど、正宗くんは逆か。言動が子供みたいだけれどそれが要因ではないらしい。なんて言ったら怒るだろうな。
「大学の時に交通事故に遭って……頭をちょっと打ったぐらいで済んだんですけど。入院先の病院である日気付いたんです。目がこんな風になったってことに」
「霊的なものが見えるようになったこと?」
「そういうことです。すぐ退院したんですけれど。頭打ったから幻覚でも見えているんだと思っていました」
漫画やドラマの話みたい。
「家族とか彼女は、知っていたの?」
「家族は知りません。彼女は……話したので知っていました」
知っていて、心霊スポットや心霊DVDとかをやっていたのか。なるほど、それじゃ嫌にもなる。
「彼女、鬼だね」
ぶっ殺すとか言われたらしいし、元ヤンだろうがなんだろうが言葉の暴力もよくない。最低だ。
「ですよね。つきあい始めてから心霊ものに興味が出たみたいで、俺と一緒だったら自分も見ることができると思ったみたいです」
「見たことあったのかな? 彼女」
「ありません。いろいろやっていましたが全部不発です」
「たくさんされたみだいだね」
「ほかにもいろいろやりましたよ。心霊写真を撮ろう、コックリさんをやろうだとか」
「コックリさんとか懐かしい~わたしは中学生の時にやったなぁ。夕方の教室はさぁちょっと不気味だし」
思わず中学時代の思い出話が盛り上がりそうになる。
「ごめん。で、目がそんなだったら日常生活が大変じゃないの」
「そうなんです。最初は本当に怖くて頭がおかしくなりそうでした」
わたしはビールをひとくち飲んで「だろうね」と言う。
「ある時、気付いたんです。こっちの目で見えてしまうから閉じたり、こうして眼帯をしてると見えない」
「片方だけなんだね。不思議。どうして両方じゃないんだろうね」
「両方だったら俺、いまどうしているか分かりません」
「そ、そうだね。そっかぁ、ずっと眼帯をしている理由が分かったわ……」
色が違うから。まつ毛が全部抜けたから。目からビームが出るから。超絶イケメンなのを隠しているから。彼が眼帯をしているいろいろな理由を想像していたが、それのどれでもなかった。わたしの妄想は役に立たなかった。
「そうです。いつスイッチ入って見えちゃうか分からないから」
職場は病院だ。亡くなるひとだってたくさんいる場所だし、もし霊的なアンテナがあるひとには敏感に感じてしまうのだろうと、わたしも理解できる。彷徨っている魂もあると思う。
「どうして病院での仕事に就こうとしたのか……」
整形外科は死が頻繁にある場所ではないが、ゼロではないから、仕事中は眼帯を外せないよね。
「職場の誰かに喋った? そのこと」
「いいえ。面接でもものもらいみたいなものだと話して通したし、いまも調子が悪いとか言って」
そんなのいつまで続けられるっていうの。困ったひとだ。
「いつまでも続かないと思っています……分かっています……でも」
どうしたらいいのか分からないのは辛い。彼なりに前に進みたくて考えてもがいているのだろう思う。