「秀なんだって?」
 薄暗い廊下を二人は肩を並べて歩いている。
 
「彼女できたって」

 そっけなく言う彼に対して、隣を歩いてる彼女はとてもびっくりした表情で、詳しい内容を問いただそうと彼に詰め寄るが、詳しくは直接聞いてくれと言って会話を打ち切られた。

「ちょと、あの秀に彼女だよ? 気にならないの?」

「気にならないね。 だって秀の事考えたら普通はもっと早くから彼女がいても不思議じゃないじゃん。むしろ、今まで居なかったのが疑問に思えるほどだし、だから秀に彼女できたって言っても、特別驚かないし、不思議じゃない」

「そりゃあ、そうかもしれないけど、少しくらいは興味湧かない?」
 
「それも、秀と付き合うなら自動的に会うようになるから、心配しなくてもすぐにわかるよ」
 
「あなたたち、本当に仲がいいの? 疑いたくなるほど無関心ね。」

「どう表現したらいいか分かんないだよ。付き合ったときないからさ俺は、そっちょくな感想としては素直に嬉しいかな」
 
「そうよね。 秀ってモテるからそれを射止めたとなると凄いわね」

「え? あいつってそんなにモテるの?」

「とびっきり」

「そりゃ凄いや、ますます尊敬するね」
 
「尊敬しているの?」

「うん、だって俺にないものいっぱいもっているから」
 
「大丈夫よ。 あなたも負けないぐらい持っているら」
 
「そんな事いうの寧音ぐらいだよ」

「そう? 雪はアピールが下手だからね」

「俺がアピールできる事ってあるかな?」

「勉強が得意で料理の腕前は完璧なうえに、凄くカワイイ妹もいるし、いつも革靴は磨かれてピカピカな事かな」

「最後のよく気が付いたな」

「触るのが勿体ないくらい綺麗にしているけど、それは何で?」

「だって、人は見た目が大半って言われるから、靴もピカピカにしていて損はないだろ」

「だったら、その邪魔な前髪切りなさい」

「それは面倒クサイうえに、切るなっていつも言うのは寧音じゃんか」

「そうでした」

 そう言って彼女は無理やり雪道が握っている潰れた缶コーヒーの缶を奪い取ると、そのまま先に少し進んでからゴミ箱に捨てる。

「じゃあ、帰ろっか」

 相変わらずマイペースな彼は、歩調を早めることなく彼女の隣に並ぶと、自然と相手の鞄に手をかけて、優しく持ち上げるとそのまま歩き出す。

「いつもありがとうね」
 
「軽いからいいよ」

「それでも言うの、親しき中にも礼儀ありって」

「そう? ならありがたく受けとっておく」

「ちなみに、今日の晩御飯はなに?」
 
「嗣美がサバ食べたいって言うから、サバの味噌煮かな。」

「相変わらず渋い食の好みしているのね」

「そうかな? 俺は嗣美と寧音以外の女性と食事したときないから比べれないけど、確かに茶色い系が多いかな」

「今度、私にも作ってよ」

「いいけど、俺が作れるのにしてくれると助かる」

「じゃあ、セビーチェが食べたいな」

「そんなメキシコ料理作れないって」

「メキシコ料理ってのを知っているあなたに驚きを覚えるよ」

「この前何かの本で読んだ気がする。 確か魚介のマリネみたいなやつだよな」
 
「そうそう、食べてみたいなって常日頃思っているのです」

「そんなピンポイントな食べ物を、常日頃から考えてるって凄いと思うけど」

「だから、作って」

「無理」

「なんで?」

 彼女は特に不機嫌になることなく、逆に笑みを浮かべながら雪道に近づくが、その反応に対して、彼はとても素っ気ない反応で返した。

「その問いに対して答える気力がない」

「やっぱりね。 少しは期待したんだけどな」

「自分でつくりなよ、料理が別に苦手ってわけじゃないだろ」

「そうだけど、やっぱり作ってもらうことに意義があると思うんだけど。」

「じゃあ、秀とその彼女さんも呼んで、何かやろうかな」

「それいいアイデア、ナイス! 私も嗣美ちゃんに会いたいし」

「あいつのどこがそんなに気に入っているの? 小さいころから一緒にいるじゃん」

「それは、とにかく可愛いのと、私と気が合うの」

「へぇ、嗣美と寧音の性格って違うと思うけど」

「性格云々じゃないんだな」
 
 そう言って彼女は、右手の人差し指を左右に揺らしながら、分かってないと言わんばかりのアピールをしてくる。

「では、早速私から二人に連絡しとくね」
 
「二人? 秀と嗣美に? 妹には俺から知らせておくけど」

「だから、私から伝えたいって言っているの、その意味わからない?」

「ごめん、全然」

「いいの、雪は美味しい料理用意してね。 でも彼女さん大丈夫かな? いきなり家に集まるってハードル高くない?」

「その件に関しては、あなたに一任します」
 
「あ、むつけないでよ」

「別に、むつけていないですが」

「嘘ばっかり」

 また彼女は、からかうかのような笑みで彼を見つめると、雪道は大きなため息をつくと、集まったときのメニューを考え始め、もう一人は善は急げと言わんばかりに素早く二人に連絡をとった。
 
「お、寧音から連絡きたけど、こりゃあ、最初にしてはハードルがずいぶん高いな」

「どうしたんですか?」

「いや、ごめんね話の途中で、これ読んでもらえる?」

「えっと…、次の日曜日に雪の家に集合! もちろん、秀は彼女さんを連れてくることって、えぇぇ⁉ なんでこうなったんですか? 雪って、戸次先輩のことですよね、無理ですいきなりすぎますよ」

 慌てふためく彼女に、秀は苦笑を浮かべながら話しかける。

「たぶん、雪の何気ない発言を寧音が推しているって感じだろうな」
  
「そんな……日曜日ってあと二日しかないですよ。今日は金曜日で、土曜日を挟んで二日って、どうしよう下着買わないと」
 
 目がぐるぐると周りだし、意味不明な発言をしている仮の彼女を少し落ち着けようと、駅の少し手前にある自動販売機で冷たい飲み物を買い、それを千香に渡した。

「ほら、これ飲んで少し落ち着きな」
 
「ありがとうございます。 でも私さっきスポーツドリンクを一気に飲んだので、あまり喉乾いていないんですよね」

「うわ、めっちゃ可愛くない発言きたよ」

「嘘ですよ。 なぜか一気に喉が渇いてきました。もう倒れそうです」

「素直に受け取ると、世の男性は喜ぶぞ」

「戸次先輩もですか?」

 この可愛い後輩の質問に対して、彼は一瞬考えると、少しばつが悪そうに答えた。

「いや、あいつはたぶん、そんな興味ないと思う」
 
「じゃあ、どうやったら喜んでくれるんですかね?」

「好きなアニメの話しをするときは、幾分かイキイキしているようには思えるが」

「よっしゃ! 今日から勉強しよう!」

「いやいや、それはちょっとおススメできないな。 そうだ、雪って勉強教えているとき、少し声の感じが明るくなるから、たぶん何かを教えるのが好きだとは思う」

「本当ですか⁉ だったら私に世界史を教えて欲しいです! むしろ、それ以上も随時受け付けておりますが」

「だから、あいつにそんな度胸無いって。それと、もしどうしても一緒に来るのが辛かったら断ってもいいが、一つだけ重要な情報をお主に授けよう」

「な、なんですか?」

 少し前のめりになりながら、目を輝かせて、早くその情報を頂戴と焦る子犬のような彼女をみて、少し意地悪をしたくなったが、ここは大人な対応をしようと心がけて、素直に教えることにした。
 
「それは、雪の手料理は、物凄く美味い」

 真剣な表情でそれを伝えると、何か物足りなそうな表情がこちらに返ってきた。
 
「え? それだけですか?」

「失礼な、雪は勉強だけでなく、料理の腕前も超凄いんだぞ、どれくらい凄いかと言うと、あいつの家にいったら、台所で魚を捌いている雪がいて、どんな料理を作っているのか気になって覗きこんだら」

「覗き込んだら……?」

「ナマズを捌いていた」
  
「え? ナマズって食べれるんですか?」

「ああ、それも見事な手さばきで、あのヌルヌルした魚を鮮やかに三枚におろすと、手早く調理を始めて、最初は魚の見た目であまり食欲も沸かなかったが、試しに一口食べてみたら、俺の世界観が変わったね」

 流れるように走り去っていく車を見ながら、秀は以前の雪道の味を思い出していた。

「あの蒲焼と唐揚げの味は忘れられない」

「随分大げさな表現ですね」

「いや、それくらい美味しかったんだよ」

「でも、どうやってナマズなんて仕入れたんですかね?」

「それは、俺も寧音も不思議に思って、嗣美ちゃん曰く企業秘密らしくて」

「ちょっと待ってください、何やら新たな女性の名前が登場してきましたが⁉」

「あれ? なんだ雪の妹さんの存在を知らないのか?」
 
「先輩、私の話を聞いていましたか? 図書室での会話で妹さんがいるのは知っておりましたが、その名前までは知りませんでした」

「なるほどね、そうそう、雪の妹が嗣美ちゃんて言ってこれが滅茶苦茶、可愛いんだよ。あいつと違って、明るくて中学校でも大人気だったし、まだここには入学したてだから、あんまり関わる機会がないからさ」

「そうなんですね。 よかったです。また新たなライバルが出現したと思いました」
 
「すまない、ところで話を戻すけど、どうする日曜日?」

「行きます。 これは一気に仲良くなれるチャンスかと」

「わかった。 俺から寧音に伝えておくよ」

「はい、よろしくお願いいたします」