0.
少女は走る、陸上部の看板を背負って。
少女は走る、百メートル走の短距離トラックを。
少女は走る、黒髪をなびかせ、小さな胸を弾ませて。
少女は走る――ぼろぼろに綻んだランニングシューズで。
少女は、この靴で走ると決めていた。高校の公式大会に必ず履く『勝負靴』だからだ。いわゆる験担ぎ。破損するまで履き馴らした血と汗と涙の結晶。
だが、それにも限度がある。オンボロ靴では満足に実力を出しきれない。
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
ゴールラインを駆け抜けた彼女は、後ろから数えた方が早かった。
春大会地区予選――一次敗退。
出場種目はまだ中距離走やハードル走が残っているものの、本命の短距離がこの体たらくでは、どれも同じ結果だろう。
足を棒のように引きずって、百メートルトラックから退場する。
膝を上げる気力すらない。靴底が床をするびった。顔もうつむいたままだ。ランニングシューズを見下ろした姿勢でとぼとぼ歩く。
シューズの惨状が目に映る。靴紐は切れ、靴底は剥がれ、外装もあちこちすり切れていた。こんな靴では、どんな名アスリートでも良い記録なんか出せっこない。
安売りスニーカーの方がまだ益しだ。
(このランシューじゃ限界なのかな? けど私には――)
それでも少女は決心が付かなかった。大敗を喫してもなお、オンボロ靴にこだわった。
(――私には、この靴で走らなきゃいけない約束があるんだから!)
その誓いが、彼女の足枷に成り下がっている。
葛藤。
逡巡。
袋小路。
足の裏を引きずりながら、敗者は力なく競技場の通路を退散する。更衣室の扉が見えて来た。負けた選手は続々とここでユニフォームを脱ぐ。
ロッカーでジャージを羽織っていると、後ろから同じ部の女子が追いかけて来た。
「鞘香、お疲れ様……」気遣うようなねぎらい。「やっぱりそのランシューじゃ、もう頭打ちなんじゃないかな……?」
「かも知れないね、踏絵」
「部内ではギリギリ出場枠を勝ち取れたけど……さすがに大会本番では通用しないね」
「うん。かなり痛感してる」
「春休みが明けたら、あたしたち高校三年よね……次の夏大会が最後なのよね……」
「うん。私たちも進路で忙しくなるしね」
「も、もう諦めるしかないのかな……? もしくは、鞘香のランシューを修理に出すとか……今どき運動靴を直してくれる靴屋なんかあるのか判らないけど……」
「修理?」顔を上げる少女。「それだわ、踏絵!」
「え……?」
修理。その手があった。
友人に抱き着いて快哉を叫んだ少女は、一縷の望みを見出した。
大量消費・大量廃棄の現代において、壊れた品物を直して使う習慣は廃れて久しい。修理するよりさっさと新品に買い替えた方が早いからだ。
でも。
それでも――。
「私、このランシューじゃなきゃ嫌! 靴を直せるお店があるか探してみる!」
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