シオンの目の前には、背の高い2本の杉の木が聳え、杉の間には、見たことのない、奇妙な注連縄がユラユラと 揺れている。
注連縄は、2本の杉の真ん中に ちょうどいい 大きさの『輪っか』を藤の枝で作っている。
『日と月』を示す トリクグラスの 両サイドに 、6本の縄『下がり』が 真ん中から 端へと、短くなるように 12ヶ月を表し下げられる。6本の長さは、日の長さでもある。
観請縄といわれ、近江では 多く見れる。とわいえ、シオンは 珍しいので、じっくり見つめた。
「きっと、この縄をみて、次は 本家に登れるだろうか?とか、年期明けは もう少しだ、とか思ったんじゃないかなあー。」
観請縄は、毎年 正月5日に取り替えられるのだ。
幾つもの年月を 沢山の祈りと 過ごしてきた 神聖な場所。
自然がつくる鳥居。
杉の間を潜り抜けたシオンは、境内の広さと、独特の神社の雰囲気に 厳かな気持ちになる。
山の麓にあるせいか、木々まるで 優しくも 堅固な、緑の要塞に 見える。
本殿の前には、こんもり繁った橘のような 木が 2本。神を守護するように立っているのが 独特だった。
シオンは 木を両脇にしながら、心を込めて 参拝する。
この場所に、立てた事に、感謝をして。
『あー、そりゃ 、わからんよって。すまんよぉ。』
奥から出て来てくれた、人の良さそうな、ご隠居が 申し訳なさそうに、シオンに告げた。
「いや、あたしこそ、すいません。無理いって、ごめんなさい。」
両手を合わせて、シオンは ご隠居の誠意に、礼を取る。
神社の参拝を、充分に満喫し、
松の木の写真等、電話に納めたシオンは 今度は、一番の目的でもある、和菓子屋に向かった。
今、集落には 老舗店は2店舗。
そのうち、1つは 社のすぐ近くに構えていた。母親の話から考えて、間違いなく この店だとシオンは思う。
店舗に入ると、『丁稚羊羹』も『いが饅頭』もあるし、茶道で出す『練りきり菓子』もある。
けれども、目当ての 菓子は見当たらない。
そんなに美味であるなら、もしかすると 名物として販売してるかもしれないと、淡い考えをしていたのだ。
仕方ないので シオンは、事情を話して、菓子の説明をする。
なんせ、菓子の名前もわからない。
母親が語るには、
慶弔事がある度に、
『三代目』祖父が、菓子屋に 作ってもらっていた菓子だという。
初めシオンは、彦根銘菓の『埋も木』という和菓子に、似た饅頭だと考えていた。
ところが、母親が 記憶を駆使して 語る菓子は、全く想像できない、味と姿の菓子 だった。
『色は、雄黄のような肌色。
衣はなく、中身と外身が一様。
食べると、外郎より柔らかく、
蕨餅より張りがある。
口に入れると、
甘過ぎない粟のような風味。
見た目、味、この上なく
上品。
羊羹のように、
四角の形に流し固められ。
四角に切り分けて、
熨箱に、きっちり
詰められていた。』
という、モノだった。
「???」だ。
おもうに、茶道で出すような 菓子なのだろう。
『丁稚羊羹』のくだりを考えても、当時は 材料に値が張るようなモノではないか。
『三代目』が、わざわざ慶弔に 奉公人はじめ、常連、世話先に、配るほどの菓子だ。
シオンは これを、現店主に説明するが、やはり 記憶にないという。そこで 隠居している、前店主を、シオンのために 呼んでくれたのである。
「わたしの 先代が、頼まれる時だけに 作っていたモノやと 思うなぁ。」
と、ご隠居が 言った言葉に シオンは喜んだ。
しかし どうやら、先代にとってその記憶の菓子は、『一世一代の菓子』で、何かを 濾す作業が酷く手間がかかり、水も『滝之宮』の滝水を使って、材料も わからないという。
ただ、『三代目』が最後に先代に数個、頼んだ時をご隠居は 覚えていた。
『三代目』相手に、
「もう、この菓子も、ほかには作くれんよって、最後ですわ。」
と先代が しゃべっていたというのだ。
その言葉を聞いて、シオンも合点がいく。
母親が、
最後に 『幻の菓子』を食べたのは、自分の誕生日である 12月31日。
いつもなら、ケーキ職人である祖父が、バースデーケーキをプレゼントしてくれる。
それを、大お婆様の周忌品で、
祖父が配った『幻の菓子』の味を
忘れられない母親が、
祖父に 『幻の菓子』を
プレゼントとして、ねだったのだ。
ちょと、それは祖父の矜持を欠くような 酷い事でないかい?と
シオンは、聞いて思ったが。内緒だ。
プレゼントとして渡された時、これが最後だと 祖父に 母親は言われていた。
ご隠居は、懐かしそうにシオンに
「挨拶に来られっと、ご祝儀 頂く
、旦那様やと、子供ん頃から よう覚えてましてな。」
と、言って 子供みたいに、シワっと、笑われた。
それにしても、先代といい、実に潔の良い気質だと、シオンは思う。『一世一代の技』で、己の技菓子を安易に残さないとは。
その気質は、後の店にも引き継がれていそうだと、シオンは見た。
店に飾られた、砂糖細工を見ても、皮取りの餡からも、そう感じたのである。
そうすると、近江の人達の気質は、とても 清々しまでの何かを感じる。
「格好よいなあー。」
シオンは、声にした。
教えてもらうと 店の直ぐ下に、『滝之宮』があるというので、シオンは降りてみる。
とても 細い滝が、流れている。
昔は、雄滝と雌滝の2つの流れだったようだ。
『幻の菓子』の色を 母親は、
『雄黄の肌色』と呼んでいたのを、シオンは 思い出す。
この肌色も 『雄黄』と『雌黄』の2色あるのだ。
どこか、如何にも『三代目』のための菓子らしい。
何より、
この色の材料は、
猛毒だ。
いまは、それ故使われない色。
母親 でさえ、艶かしく 捕らわれる
禁忌な 何かに、
心せず
惹かれていたのかもしれない。
注連縄は、2本の杉の真ん中に ちょうどいい 大きさの『輪っか』を藤の枝で作っている。
『日と月』を示す トリクグラスの 両サイドに 、6本の縄『下がり』が 真ん中から 端へと、短くなるように 12ヶ月を表し下げられる。6本の長さは、日の長さでもある。
観請縄といわれ、近江では 多く見れる。とわいえ、シオンは 珍しいので、じっくり見つめた。
「きっと、この縄をみて、次は 本家に登れるだろうか?とか、年期明けは もう少しだ、とか思ったんじゃないかなあー。」
観請縄は、毎年 正月5日に取り替えられるのだ。
幾つもの年月を 沢山の祈りと 過ごしてきた 神聖な場所。
自然がつくる鳥居。
杉の間を潜り抜けたシオンは、境内の広さと、独特の神社の雰囲気に 厳かな気持ちになる。
山の麓にあるせいか、木々まるで 優しくも 堅固な、緑の要塞に 見える。
本殿の前には、こんもり繁った橘のような 木が 2本。神を守護するように立っているのが 独特だった。
シオンは 木を両脇にしながら、心を込めて 参拝する。
この場所に、立てた事に、感謝をして。
『あー、そりゃ 、わからんよって。すまんよぉ。』
奥から出て来てくれた、人の良さそうな、ご隠居が 申し訳なさそうに、シオンに告げた。
「いや、あたしこそ、すいません。無理いって、ごめんなさい。」
両手を合わせて、シオンは ご隠居の誠意に、礼を取る。
神社の参拝を、充分に満喫し、
松の木の写真等、電話に納めたシオンは 今度は、一番の目的でもある、和菓子屋に向かった。
今、集落には 老舗店は2店舗。
そのうち、1つは 社のすぐ近くに構えていた。母親の話から考えて、間違いなく この店だとシオンは思う。
店舗に入ると、『丁稚羊羹』も『いが饅頭』もあるし、茶道で出す『練りきり菓子』もある。
けれども、目当ての 菓子は見当たらない。
そんなに美味であるなら、もしかすると 名物として販売してるかもしれないと、淡い考えをしていたのだ。
仕方ないので シオンは、事情を話して、菓子の説明をする。
なんせ、菓子の名前もわからない。
母親が語るには、
慶弔事がある度に、
『三代目』祖父が、菓子屋に 作ってもらっていた菓子だという。
初めシオンは、彦根銘菓の『埋も木』という和菓子に、似た饅頭だと考えていた。
ところが、母親が 記憶を駆使して 語る菓子は、全く想像できない、味と姿の菓子 だった。
『色は、雄黄のような肌色。
衣はなく、中身と外身が一様。
食べると、外郎より柔らかく、
蕨餅より張りがある。
口に入れると、
甘過ぎない粟のような風味。
見た目、味、この上なく
上品。
羊羹のように、
四角の形に流し固められ。
四角に切り分けて、
熨箱に、きっちり
詰められていた。』
という、モノだった。
「???」だ。
おもうに、茶道で出すような 菓子なのだろう。
『丁稚羊羹』のくだりを考えても、当時は 材料に値が張るようなモノではないか。
『三代目』が、わざわざ慶弔に 奉公人はじめ、常連、世話先に、配るほどの菓子だ。
シオンは これを、現店主に説明するが、やはり 記憶にないという。そこで 隠居している、前店主を、シオンのために 呼んでくれたのである。
「わたしの 先代が、頼まれる時だけに 作っていたモノやと 思うなぁ。」
と、ご隠居が 言った言葉に シオンは喜んだ。
しかし どうやら、先代にとってその記憶の菓子は、『一世一代の菓子』で、何かを 濾す作業が酷く手間がかかり、水も『滝之宮』の滝水を使って、材料も わからないという。
ただ、『三代目』が最後に先代に数個、頼んだ時をご隠居は 覚えていた。
『三代目』相手に、
「もう、この菓子も、ほかには作くれんよって、最後ですわ。」
と先代が しゃべっていたというのだ。
その言葉を聞いて、シオンも合点がいく。
母親が、
最後に 『幻の菓子』を食べたのは、自分の誕生日である 12月31日。
いつもなら、ケーキ職人である祖父が、バースデーケーキをプレゼントしてくれる。
それを、大お婆様の周忌品で、
祖父が配った『幻の菓子』の味を
忘れられない母親が、
祖父に 『幻の菓子』を
プレゼントとして、ねだったのだ。
ちょと、それは祖父の矜持を欠くような 酷い事でないかい?と
シオンは、聞いて思ったが。内緒だ。
プレゼントとして渡された時、これが最後だと 祖父に 母親は言われていた。
ご隠居は、懐かしそうにシオンに
「挨拶に来られっと、ご祝儀 頂く
、旦那様やと、子供ん頃から よう覚えてましてな。」
と、言って 子供みたいに、シワっと、笑われた。
それにしても、先代といい、実に潔の良い気質だと、シオンは思う。『一世一代の技』で、己の技菓子を安易に残さないとは。
その気質は、後の店にも引き継がれていそうだと、シオンは見た。
店に飾られた、砂糖細工を見ても、皮取りの餡からも、そう感じたのである。
そうすると、近江の人達の気質は、とても 清々しまでの何かを感じる。
「格好よいなあー。」
シオンは、声にした。
教えてもらうと 店の直ぐ下に、『滝之宮』があるというので、シオンは降りてみる。
とても 細い滝が、流れている。
昔は、雄滝と雌滝の2つの流れだったようだ。
『幻の菓子』の色を 母親は、
『雄黄の肌色』と呼んでいたのを、シオンは 思い出す。
この肌色も 『雄黄』と『雌黄』の2色あるのだ。
どこか、如何にも『三代目』のための菓子らしい。
何より、
この色の材料は、
猛毒だ。
いまは、それ故使われない色。
母親 でさえ、艶かしく 捕らわれる
禁忌な 何かに、
心せず
惹かれていたのかもしれない。