「お疲れさまでーす」
「よしっ! 初稿できた!」
「っしゃあ!」

 部室に入る挨拶をかき消す、先輩2人の叫び声。桜さんは立ち上がって天に向かってガッツポーズし、颯士さんは指笛を鳴らしている。
 フランス革命に成功したときの民衆もこんな感じだったんだろうかと思うほどの喜びようだった。

「キリ君、スズちゃん! 脚本あがったよ!」
「ホントですか!」

 ピースサインで応える桜さん。「これで撮影に入れますね!」とテンション高めにバッグを部屋の隅に置いていると、颯士さんが「気が早いな、葉介」と笑う。

「撮影までにやることはまだまだいっぱいあるぞ。まあ、映画制作は初めてだろうから、見ながら覚えていくといいよ」
「とにかく、キリ君もまずは読んで!」

 ずいっと入ってきた桜さんが、印刷して右上を綴じられた紙の束をポンッと渡してくれた。

 先週、連絡用に全員とLIMEを交換し、そのトークの中で桜さんが「桐賀君より呼びやすい」ということでキリ君呼びになった。
 あだ名も嬉しいけど、部員のみんなとLIMEする、ということ自体が久しぶりで、喜びが大きい。


「スズちゃんもありがとう。書いてくれた部分、ちょっとだけ直したけどそのまま使ったよ」
「良かったです、桜さんのとトーンが合うか不安だったので」

 少しだけ安堵したように吐息を漏らす月居。桜さんは空いている椅子を2つ、木製長テーブルの横に置いた。ソファーベンチに女子2人が座り、颯士さんと並んで椅子に腰かける。


「本物の脚本だ……」

 紙を捲って思わず呟きを漏らす。シーンごとに番号が振られ、台詞と台詞の間に役者の動きなんかが書いてある。俺がなんとなく知っている脚本そのものだった。

「ふふっ、これで感動してもらえるのは嬉しいなあ」
 桜さんがさも可笑しいというように右手をヒラヒラさせる。


「この四角で囲まれた数字が『柱』、シーンを表すところね。あとは場面状況や起こる事態、登場人物の行動を書いてるのが『ト書き』、そして『台詞』ね。大きな構成要素はこの3つよ」


 向かいから指で指しながら説明してくれる。ああ、そういえば愛理も、脚本が書けただの直した必要だの、よく話していた気がするな。

「よし、早速香坂先生の最新作を読むぞ。今回は途中で読んでないから、本当に初見だ
「うう、ソウ君やめてよ、緊張する……」

 頭を抱える桜さんに、颯士さんと一緒にプッと吹き出した。

「30分の短編だから、割とすぐ読めると思うわ」
「まずは全員黙読だな」

 颯士さんの言葉を合図に、「きっと見抜けない」というタイトルの添えられたその脚本に目を落とした。