「ソウ君、このカット、後ろ1秒弱切ってもらっていい?」
「オッケー。これで……どうかな?」
「……うん、これだと綺麗に寝転がるところに繋がるけど、みんなはどう思う?」

 木曜日。昨日撮ってきたカットを編集していく。BGMも選び終わり、今は4人全員で話し合いながら進めていた。

「夏本さん、もう1回、後ろ1秒切らないバージョン見せてもらっていいですか?」
「あいよ。こっち側に切る前の貼って、と」

 無言で再生された映像を見つめていた涼羽が、「んん……」と顎に右手の甲を付けた。

「ワタシは長い方も好きなんですよね。佳澄が走ってきて、ちょっと息切らしてる感じの余韻があるというか」
「オレは短い方かな。ラストシーンで見てる方も展開が気になってるだろうから、敢えてテンポ重視で細かく佳澄の動きを見せずに、泣くシーンで爆発させる感じ。葉介はどうだ?」
「そうですね、個人的には、かなり長く余韻取ってもいいかなと思ってます。それこそ、もう1秒伸ばしてもいいくらい。見てる人も佳澄と一緒に心を落ち着かせられるかなって」


 高校生が作った映画なんて、と軽く見る人もいるだろう。
 でも、知っているのだろうか。俺達が、1秒削るかどうかで、こんなに意見を戦わせていることを。

 陸上選手がたった1cmを伸ばそうとするように、美術部が赤色の濃度に1日悩むように、最高を目指すために必死で努力している。


「よっし、切り貼りは終わり。次は色彩の調整行くわよ! 通して流すから、おかしいところあったら言って」

「……あ、ちょっとこれ、青っぽくない?」
「確かに、前のシーンから急に変わってますね。トーン直した方がいいかも」
「分かった、明るめに調整しよう」
 編集はこの日も、夕飯の時間をすっかり超えるまで続いた。



 ***



「………………どう?」

 沈黙を破る、桜さんの声が部室に響く。

「……うん、良いと思う」
「…………俺もです」
「……ワタシも、これでオッケーだと思います」

 俺達3人の反応を見て、顔をやや強張らせていた彼女は、ぱあっと相好を崩した。

「オッケー! 編集、終わりです!」
「いよっしゃああああああ!」

 7月17日、金曜。映画コンクールの提出締切日の17時前。ついに、「きっと見抜けない」が完成した。

 全員で小さくハイタッチしたけど、リラックスしている暇はない。まだ映像が完成しただけ。提出までにやることを考えると、時間的にはそんなに余裕はなかった。


「ソウ君、提出用のDVDに焼いて! スズちゃん、申込書に添付するあらすじ、書いたの読んでもらっていい?」
「分かりました。桐賀君、それ以外の申込書に書いてある内容、誤字脱字とかもチェックして」
「任せろ!」

 超短編ならWEBにアップロードできるコンクールもあるらしいけど、作品を収録したDVDを送付するのが一般的らしい。

 最寄りの郵便局が開いている18時に間に合わせるため、全員で全速力で準備を進めていく。


「桜さん、赤ペンでメモ書き入れました。書き直した方が分かりやすい箇所と、誤字が1つあったのでチェックしてます」
「スズちゃんありがと! ソウ君、DVDの方は?」
「もうすぐ焼き終わる。終わったらざっと流してちゃんとデータ入ってるかチェックするよ」

 まるで文化祭の前日のよう。冷静にならなきゃいけないところだけど、部屋に充満する昂揚感が、俺達をハイにしていく。


「よし、ディスクはこれで準備完了!」

「じゃあ最後! はい、みんなボールペン持って!」

 桜さんが長テーブルの上に出したのは申込書。その一番下、「制作者」のスペースが空欄になっている。

「ここは1人1人書こう!」
「はい!」

 こういう部長らしい配慮が嬉しい。そんなに字は上手くないけど、筆圧強めに「桐賀葉介」と書いた。


「これとディスクを封筒に入れて……完成!」
 帰り支度をして鞄を持ち、部室を飛び出す。

「郵便局行くぞ! 間に合う!」

 別に歩いたって間に合うのに、颯士さんだってそのまま帰るなら自転車に乗ればいいのに、全員で力の限り走る。
 喜びと達成感から生まれたエネルギーが爆発して、足が勝手に前に進んでいく。



 空が少しずつ灰色になっていく中で、郵便局に滑り込んだ。

「これ、お願いします。消印は今日で付きますよね?」
「はい、大丈夫です。ではこちら、承ります」

 全力で来たけど、窓口でのやりとりはほんの一瞬。
 呆然としたようにゆらゆらと歩きながら店を出る。


「…………お疲れさまー!」

「お疲れ様でしたー!」

 突然路上で半泣きで叫び始めた俺達は、周りから見たらさぞかし奇妙で滑稽に見えただろう。

「良かった! 良かったね!」
「良い作品になった! すっごい作品になった!」

 結果が出るのは大分先だけど、応募に間に合わせられただけで嬉しい。


 俺が初めて制作に携わった映画「きっと見抜けない」は、こうして無事に提出できたのだった。