「お疲れ様でーす!」
1日明けた木曜の放課後、これまでで一番大きいんじゃないかと思う声で部室のドアを開けた。
「キリ君、元気ね! 体調大丈夫?」
「あと10日きったので気合い入れてみました。体調もすっかり良くなりましたよ」
「そうそう、あと10日ないんだよね……私も頑張らないと」
両手を握ってグッと前に突き出す桜さん。颯士さんが「今日も張り切ってやるかね」と指をパチンと鳴らしながら被せ、涼羽は黙ってノートパソコンの画面を見ていた。
昨日、あれから結局泣き腫らし、涼羽が荷物をバッグにしまったタイミングで「一緒に帰るよ」とヘッドホンを返して部室を出た。
ハンカチを持って行ってたおかげでヘッドホンを涙で濡らさなかったのがせめてもの救い。
「昨日みたいに、スズちゃんとキリ君は先に音声の方お願い。キリ君、渓谷のカット改めて見直したけどやっぱりいいね。本当に良い映像になったと思う」
「ですよね。今月号の『あずさと』にも載せてほしかったです」
「あはは、確かに! 旅行スポット特集ね」
手を叩いて、いつもみたいに向日葵みたいな笑顔を咲かせてから、颯士さんを見る。
「よし、じゃあソウ君、一緒にやろ」
「おう、準備完了」
会話してるのを見るだけで、視界がぐらりと傾きそうになる。
昨日、目から押し流したはずのやっかみや悲しみが肺に溜まって、呼吸が浅くなった。
平気か、自分? バカめ、平気なわけないだろ?
心はまだぐちゃぐちゃだよ。強がりで体が軋んでるみたいだ。
でもそれでいい。この映画をちゃんと作るって決めたから、作りたいって思ったから、どんだけしんどくたって、歯を食いしばってやっていくしかない。
桜さんも颯士さんも、俺の思いには気付かない。
大丈夫、きっと見抜けない。
「桐賀君、今日はまだ編集終わってないところの音声を先に選ぶね」
「先に?」
そう、と栗色の髪をふわっと左に払いながら、涼羽はパソコンの画面を俺の方に向けた。
「クライマックス、佳澄が和志から『告白された』って駆け引きされるところ、その後に佳澄が強がって走っていくところ。ここで2曲使うつもりなんだけど、これはむしろBGMを流すタイミングとかが重要だから、先に曲を決めて、それに合わせて映像の方を調整することにしたの。曲が一番盛り上がってる途中で映像ががらりと変わったりしたら微妙でしょ?」
「確かにそれはセンスないな……」
この映画のクライマックスだもんな、曲としっかりシンクロさせたい。
「じゃあ私は駆け引きのところやるわ。桐賀君、強がりのところお願いしてもいい?」
「分かった。またあの音源サイトに入り浸りだな」
「そうそう、もう曲名覚えちゃったのとかあるわよね」
「ある! Sunset glowってギターのやつ、ゆったり系の曲で探すと毎回出てくるんだよな」
「あと少し明るめならCityscapeって曲ね」
普通の人にはまるでピンと来ないであろうフリー音源あるあるを言い合った後、俺が担当する部分の映像を先に見せてもらうことにした。涼羽が絵コンテと照らし合わせながら動画ファイルをクリックする。
『なあ、佳澄——』
『よし、じゃあ帰ろっか、和志!』
…………ん?
『あ、そうだ。せっかく来たんだし、私ちょっと役の練習してから帰ろうかな』
『そうなのか?』
……ん? あれ?
『どんな役やるんだ?』
『んーん、まだ秘密。舞台招待するから、その子と一緒に見に来てよ。じゃあ向こうで練習してくるから、またね。また遊ぼ、約束だよ!』
ポカンと口を開けたまま、その映像を見つめていた。
こんなカットだっただろうか。撮った時もその場で見たはずなのに、佳澄の台詞や表情の一つ一つが、前とは全然違うものに見えた。
1日明けた木曜の放課後、これまでで一番大きいんじゃないかと思う声で部室のドアを開けた。
「キリ君、元気ね! 体調大丈夫?」
「あと10日きったので気合い入れてみました。体調もすっかり良くなりましたよ」
「そうそう、あと10日ないんだよね……私も頑張らないと」
両手を握ってグッと前に突き出す桜さん。颯士さんが「今日も張り切ってやるかね」と指をパチンと鳴らしながら被せ、涼羽は黙ってノートパソコンの画面を見ていた。
昨日、あれから結局泣き腫らし、涼羽が荷物をバッグにしまったタイミングで「一緒に帰るよ」とヘッドホンを返して部室を出た。
ハンカチを持って行ってたおかげでヘッドホンを涙で濡らさなかったのがせめてもの救い。
「昨日みたいに、スズちゃんとキリ君は先に音声の方お願い。キリ君、渓谷のカット改めて見直したけどやっぱりいいね。本当に良い映像になったと思う」
「ですよね。今月号の『あずさと』にも載せてほしかったです」
「あはは、確かに! 旅行スポット特集ね」
手を叩いて、いつもみたいに向日葵みたいな笑顔を咲かせてから、颯士さんを見る。
「よし、じゃあソウ君、一緒にやろ」
「おう、準備完了」
会話してるのを見るだけで、視界がぐらりと傾きそうになる。
昨日、目から押し流したはずのやっかみや悲しみが肺に溜まって、呼吸が浅くなった。
平気か、自分? バカめ、平気なわけないだろ?
心はまだぐちゃぐちゃだよ。強がりで体が軋んでるみたいだ。
でもそれでいい。この映画をちゃんと作るって決めたから、作りたいって思ったから、どんだけしんどくたって、歯を食いしばってやっていくしかない。
桜さんも颯士さんも、俺の思いには気付かない。
大丈夫、きっと見抜けない。
「桐賀君、今日はまだ編集終わってないところの音声を先に選ぶね」
「先に?」
そう、と栗色の髪をふわっと左に払いながら、涼羽はパソコンの画面を俺の方に向けた。
「クライマックス、佳澄が和志から『告白された』って駆け引きされるところ、その後に佳澄が強がって走っていくところ。ここで2曲使うつもりなんだけど、これはむしろBGMを流すタイミングとかが重要だから、先に曲を決めて、それに合わせて映像の方を調整することにしたの。曲が一番盛り上がってる途中で映像ががらりと変わったりしたら微妙でしょ?」
「確かにそれはセンスないな……」
この映画のクライマックスだもんな、曲としっかりシンクロさせたい。
「じゃあ私は駆け引きのところやるわ。桐賀君、強がりのところお願いしてもいい?」
「分かった。またあの音源サイトに入り浸りだな」
「そうそう、もう曲名覚えちゃったのとかあるわよね」
「ある! Sunset glowってギターのやつ、ゆったり系の曲で探すと毎回出てくるんだよな」
「あと少し明るめならCityscapeって曲ね」
普通の人にはまるでピンと来ないであろうフリー音源あるあるを言い合った後、俺が担当する部分の映像を先に見せてもらうことにした。涼羽が絵コンテと照らし合わせながら動画ファイルをクリックする。
『なあ、佳澄——』
『よし、じゃあ帰ろっか、和志!』
…………ん?
『あ、そうだ。せっかく来たんだし、私ちょっと役の練習してから帰ろうかな』
『そうなのか?』
……ん? あれ?
『どんな役やるんだ?』
『んーん、まだ秘密。舞台招待するから、その子と一緒に見に来てよ。じゃあ向こうで練習してくるから、またね。また遊ぼ、約束だよ!』
ポカンと口を開けたまま、その映像を見つめていた。
こんなカットだっただろうか。撮った時もその場で見たはずなのに、佳澄の台詞や表情の一つ一つが、前とは全然違うものに見えた。