7月8日。締め切りまで10日を切っているこのタイミングだけど、部活を休んだ。

 本当は編集の相談に混ざらなきゃいけないけど、逆に言えば「混ざる」だけなので、俺がいなくてもあの3人ならできるはず。もともと俺がいなくたってやっていた。5月の状態に戻るだけだ。


 食欲もなく、本もスマホも見る気にならない。全てがどうでもよくなってしまい、無気力なままベッドに溶ける。

「ふう…………ふうう…………」

 深呼吸は、どこか溜息にも似ている。余白だらけの頭に、鹿(しし)(おど)しに水が溜まっていくように、次第に様々な想いが溢れてきた。



 まずは、颯士さんへの嫉妬。浅ましいと分かっていながら、消えない(ねた)みの炎が煌々と燃える。

 「なんであの人なんだ」とは思わない。カッコいいし、コミュ力だって抜群、映画への情熱も滾っている。惹かれて当然だと、くっつくのが自然だと、そう素直に思える。

 それなのに、俺の頭がどうにもならない「たられば」を繰り返す。俺がもっと早く映画部を知って入部していれば、俺の転校が1年の4月で部活紹介を見ていたら、俺が中学の頃から脚本を書いていれば、俺が少し早く生まれて一緒の学年だったら。バカみたいな空想で、あったかもしれない未来を夢見る。



 でも、そんな表面の感情はすぐに剥がれる。訪れるのは、悲しさ、そして、寂しさ。

 告白のチャンスもなかった。「言わなきゃよかったより、言えば良かったの方が辛い」なんて言うけど、俺はどっちにもなれなかった。

 近くに好きな人がいる、それがもう十分に幸運なことで。その人に自分のことを好きになってもらうなんて単純なことがどれだけ難しいか。そんなこと、分かっているのに。

 それでも、ペンケースを届けようとして走ったあの時、恋を自覚しかけたあの時からほんの僅かな間、願ってしまった、求めてしまった。ずっと一緒にいたいと、ただそれだけの、直情的で取り繕いようのない短い恋煩いだった。



 そして、さらに奥に眠っていた感情に手を伸ばす。
 それは、今になって桜さんへの好意に気付いた自分への内省。

 自身と向き合っていたら、きっともっと早く気付けたはずなのに。あまりにもギリギリで、幕切れも突然で、浮かれる時期すらなかった。

 その理由も、こうして己を俯瞰で見るとよく分かる。

 自分は、恋愛から逃げていたのだ。もういない愛理への罪悪感、新しい人をまた失うかもしれないという恐怖感。そうしたものに衝突し、心が沈んで深みに嵌まることを恐れ、「考えること」自体を避けていた。

 部活は一歩踏み出せたけど、こっちはスタートラインにすら立っていなかった。

 桜さんの顔が浮かび、愛理の顔が出てくる。脳内のもう1人の俺が「真剣に向き合わないからこうなるんだ」と失望の目で睨み、3人目の俺が「誰だって怖いことには対峙したくないんだよ! そんなに悪いことかよ!」と怒鳴り散らす。

 惨めなほどぐちゃぐちゃな頭の中を世界から隠すように、全身にタオルを被った。


 ***


 結論のない思考をぐるぐると巡らせ、狭い部屋で呼吸だけを繰り返しているうちに、いつの間にか西日が強くなっていた。17時半を少し過ぎたところ、部活も賑やかにやっていることだろう。


 休むことへの抵抗もあったけど、どうせ参加しても今日は使いものにならない。
 いいんだ、もういい。俺がいなくても、あの映画は完成する。撮影は終わったし、ロケハンも終わった。俺の役目は終わった。


 撮影、ロケ、石名渓谷。きっかけはこれだったなあと、目の前のスマホのホーム画面を開く。LIMEで3人から「お大事にね」と連絡が来ていて、その優しさが棘になって胸を刺した。

 写真を眺める。最近の撮影風景を撮ったものから過去に遡っていくと、桜さんに見せた石名渓谷が見つかった。今まで見返したのはこの辺りまで。それより前は、愛理と過ごした中学のものは、躊躇してしまって見返せていない。


 ふと、もうなんでもいい、見てもいいだろうという思いに駆られた。愛理の事故の原因だって、一応自分なりの結論は持てたし、見たってこれ以上何を失うでもない。底まで沈んでいる今だからこそ、怖がりすぎずにいられる。


 アルバムの画像をスワイプする。あの時から2年、初めて、昔の写真まで辿り着く。