「よし、昨日はゆっくり休んだか? 今日から編集に入るぞ」

 クランクアップから日曜を挟んだ、6日月曜の放課後。部室で颯士さんが気合いを入れるように、握った拳をグッと胸の前で振った。

 来週金曜、17日がコンクールに応募する映画の郵送締切であり、2週間を切っている。撮影という大きな作業が終わったとはいえ、依然として気は抜けない。

「といっても、分担して編集したりすると統合作業とかで効率悪いからな。基本的にはオレがメインで作業するよ。みんなにはどのカットをどう編集するか、意見出しを手伝ってほしい」

 言いながら、電源を入れたノートパソコンの上部をトントンと指で叩く。スタイリッシュな薄型のシルバー。改めて見ると、これ結構高いって言われてるモデルだな。

「葉介には後学のために、簡単に編集のやり方説明するからな。というわけで紹介しよう。部員4人とカメラに次ぐ6人目の部員、AEESだ!」
「AEE……?」

「小豆里(A)映画(E)エディット(E)ステーション(S)の略だな」

 自慢げに正式名称を話す颯士さんの後ろで、桜さんが「毎回思うけど、なんで映画は日本語なのよ」と苦笑いする。うん、俺もフィルムの方がいいと思う。


「とりあえず隣に座って操作を見てろ。基本的なところだけ教えるから」

 横にあったパイプ椅子をガタガタと移動させ、パソコンデスクの前に並んで座る。

「まずは撮影したデータをパソコンに取り込む。いやあ、いつもながら名前つけるのダルかった」

 何を言っているのか分からず画面を見ていて、あっと小さく叫ぶ。
 動画のファイル名が全て「001_1」や「025_3OK」とカット名に変わっていた。

「こうしておかないと編集とときにいちいち探すことになるだろ。カット数とテイク数、オッケーテイクのときはOKって入れれば分かりやすいんだ」
「え、これ颯士さんが全部やったんですか?」
「そうだよ、マジで地味な作業だ」

 SEのCDを幾つか手に取りながら、涼羽が「ホントにお疲れさまです」と労った。これを280カット分……いや、何テイクも取ったヤツもあるから軽く400はやってるのか……確かに大変な作業だ……ん?


「これ、NGのカットも名前付けたり取り込んだりする必要あります? オッケー出たものだけ入れればいいんじゃないですか?」

 そう訊くと、彼はチッチッチと指を振って見せた。

「……そう思ってた時代がオレにもあったよ」
「なんですかその小芝居」
 哀しそうな笑顔も作って芸が細かい。

「実際にはそれじゃうまくいかないんだ。まあやっていけば分かるよ。お、取込が終わるな。それじゃあ、と……」

 続いて編集ソフトらしきものを起動する。程なくして、ボタンとウィンドウがいっぱいの画面が表示された。

「ここで動画ファイルを読み込むと、ほら、帯みたいになって表示されるだろ。これで余分なところを切って順番に繋げていくんだ。葉介もちょっとやってみろよ」
「えっと、ここをこうで……ホントだ、簡単!」

 帯をクリックして伸ばしたり縮めたりするだけで、後ろの数秒を消したり戻したりすることができる。直感的な操作で、3つのカットをポンポンとくっつけることができた。

「あとはここに音声ファイルも追加できる。月居の出番だな」
「え、これを繰り返していけばいいだけなんですよね?」

 すぐじゃないですか、という俺の質問を見透かしたように、颯士さんはカチャカチャと操作し始めた。

「映像と音声がバラバラに編集できるっていうのが奥が深いところでさ。例えばこれ」

 彼はマジックを披露するように、パチンと指を鳴らして再生ボタンを押す。序盤のカット、和志視点で佳澄がこちらを見ている。


『暑くなってきたね。もうすっかり夏本番って感じ。和志は元気にしてた?』


 流れた映像に、思わず目を見開く。
 彼女の台詞の途中で、映像だけが和志の顔に変わっていた。

「これ、すごいですね!」
「映像だけ途中で切って、次のカットにしてるんだ。言われた本人がどんな表情でいるのか、伝えることができるだろ。シーンによっては音声だけにして暗転させたりな」

 ああ、これはどこまでも(こだわ)れるな、とすぐに分かる例だった。どこで切るか、どう繋げるかだけでも無数にパターンがある。ちょっとした差でも印象がガラリと変わりそうだ。

「それに、それ以前の問題ってこともあるんだぜ」
「……それ以前?」
「な、香坂」

 後ろに立っていた見ていた桜さんが、何やら首を傾げていた。

「葉介と俺が繋いだカット、アレで問題なかったか?」
「ううん、ちょっと気になったかな……カット6、NGのもある? もっかい見ていい?」

 予想通りの答えだったのか、颯士さんと涼羽が同時に顔を見合わせる。


「カット単体でオッケーでも、実際に繋いでみたらイマイチってこともよくあるんだ。NGカットが逆転採用されたりとかな」
「だから全部取り込むんですね」

 なるほど、編集も結構話し合いが必要そうだな。
 そしてそれが、既に楽しみだったりする。