「はい、じゃあ今日はここまです! お疲れさまでした!」

 渓谷の後に駅前まで戻って幾つか撮影し、駅から少し離れた民家の並ぶ通りで撮影は終了。

 気温のピークを過ぎたとはいえ、立っているだけでじわりと汗が噴き出してくる。ランニング姿のおじさんが道路に水を撒いていて、田舎っぽさと懐かしさを感じた。

「じゃあ駅まで行くぞ」

 颯士さんと桜さんが先陣を務め、その後をキャスト3人が話しながら付いていく。最後尾で、月居と一緒に並んで歩いた。

「…………」
「………………」

 いつも通り、会話はない。話すのが得意じゃない、というのもあるかもしれないけど、それ以上に話さないで歩くのが好きなんだろうと思う。
 景色を見たり、音楽に浸ったりしながら過ごす方が彼女の(しょう)に合っているのかもしれない。


 でも、俺は彼女に話してみたいことがあった。

「セミの音」
「え?」

 ヘッドホンを手に取っていた彼女に、「撮影見てきたら浮かんできたよ」と続ける。

「高校の回想シーンで流すアレさ、見てる人にも昔の夏を回想してもらえるだろ? だったら、みんなにとっても分かりやすく夏がイメージできるミンミンゼミがいいかなあって」

 ぽかんと口を開けている月居。やがて少し楽しげに、その口を弓なりに下へ曲げた。

「なるほど、そういう考え方もあるわね。ワタシはアブラゼミ派かなあ。前も話したけど、あの鳴き声、一番暑苦しいじゃない?」
「あー、確かに。ミンミンゼミの方はどっちかというと風情があるっていうか」
「そうそう。真夏って設定だから、『ジージー ジリジリ』って声が重なれば『暑い野外』って感じが出るかなあって」

 変な声で鳴き声を真似するのを見て、思わず笑ってしまう。「似てる似てる!」と小さく拍手すると、「どうもどうも」と真顔で両手を翳し、俺の喝采を制した。

「月居、意外と話せるよな」
「ありがと。自分から話すの得意じゃないから黙ってること多いけど、普通に話せるよ」

 ヘッドホンを鞄にしまう彼女。興味のありそうな話題を出して正解だった。

「月居、って珍しい苗字だよな。桐賀もそんなにはいないけど」
「うん。全国でも少ないみたい。涼羽って名前も結構珍しいって」
「確かに。俺も初めて聞いた」

 駅まではまだ少しある。せっかくなので、勢いのまま雑談を続けた。

「4月生まれなんだけど、涼しくて過ごしやすい、良い日に生まれたからって」
「えっ、4月生まれ! 俺10月だから半年先輩じゃん!」
「そうなの? じゃあお姉さん扱いしてもらおうかな」
「なんだよお姉さん扱いって」

 半笑いでツッコんだ。感情の起伏の少ない表情で言うから、余計に面白い。

「でも、うん、良い名前だな、涼羽って。漢字も響きも良い」
「別に名前呼びでもいいよ」
「え、ホントに?」
「私も気に入ってるし、クラスの男子とかも結構涼羽呼びだしね」

 突然の提案に驚き、思わず視線を真横に移したものの、事もなげに言うところを見ると割と普通のことらしい。そういえば、俺もクラスの女子、里香とか咲乃とか呼んでるな。

「そかそか、じゃあ今度からそうしよっかな。おっ、駅だ」

 ムダに大きい駅舎が見え、「またSEのこと教えてな」と一言伝えて、2・3・2になっていた一列は7人の大きな塊に戻る。
 本当はさらっと「涼羽」と呼んでみたかったものの、なんだか緊張してしまってタイミングを逃した。



 電車に乗って2駅、他の人達よりも早く、最寄り駅がやってくる。毎日習慣で乗っている後ろの車両じゃなくて全員で2両目に乗っているため、見慣れたはずのホームも少し違って見えた。

「じゃあ、また!」
「お疲れさまでした!」
「キリ君、また部室でね!」

 歩いて家に向かいながら、撮影の邪魔にならないように切っていたスマホの通知をオンにすると、ピッタリのタイミングでLIMEに桜さんからメッセージが届いた。

『石名渓谷、教えてくれてホントに助かったよ。この映画がちゃんと撮れるのは、2割くらいはキリ君のおかげ。笑 ありがとね!』

 優しい、それでいて、照れ隠しなのかちょっと冗談交じりな文が面白い。

 なんて返そうかじっくり練ろうと思ったものの、既読がついてしまっているので早く返してすぐに見てもらいたい気持ちが勝り、お礼の一言の後、この前買った「役者のウサギ」という台詞付きスタンプを3つ連投する。

 笑ってもらえたらいいな。月曜部室に行ったときにスタンプ紹介したいな。


「よし!」

 長年の疑問が解けたこと、そしてロケが終わったこと。
 重なって積み上がる昂揚感そのままに、スマホのジャックに勢いよくイヤホンを差し込み、疾走感のあるガレージロックを流して家路を急いだ。