「それじゃあ、また明日ね!」
ファミレスの入り口で解散したのは19時前。すっかり薄暗くなった街で、近くの個人商店はシャッターを下ろす準備を始めている。
颯士さんが自転車で、桜さんと月居は別々のバス停だったな。俺は電車だから向こうに……
「あれ?」
月居が俺の少し先を歩き始めた。俺が声を出したことに気付いてこちらを向く。「家こっちじゃないよね?」という質問を読み取ったらしく、リュックを開けようとしていた手を止めた。
「書店行きたくて」
「あ、ああ、そっか」
そして前に向き直り、バッグからヘッドホンを取り出す。それを見ながら、ふと、ある思いが過り、大急ぎで脳内で文章を練っていく。
これは、あれを伝えるチャンスじゃないか?
言いたいことがある。なあなあにしないで、言わなきゃいけないことがある。
「月居、あのさ」
5歩前、ヘッドホンを耳に当てようとしていた彼女を呼び止めた。温度の低い風が、明るい栗色の髪をふわりと撫でる。
「今更なんだけど、先週のSEの、アレ、ごめんな」
彼女がチラと振り向く。目が合って緊張が増したせいで、続きの言葉が喉に張り付く。でも、ちゃんと謝らなきゃ。
「正直、あの時は本当に、なんていうか……どれでもいいじゃんって思ってた。音声だけじゃなくて、台詞や設定の一つ一つの細かい意味とか理解しようともしないで、フィーリングで全部できてるって勘違いしてた。でもあの後、読み込んでいって、みんながどれだけ脚本に潜ってるか分かったし、その……俺もそうなりたいって思ったよ」
考えながら話す俺の言葉を、月居は黙って聞いている。
すぐに返事を被せてくるタイプじゃなくて良かった。焦らず話せる。
「SEも自分なりにやってみた。難しいけど、脚本から想像を膨らませて選ぶの、楽しかったよ。それを『どれでもいい』なんて、ひどい言い草だった。だから、その、ごめんなさい!」
言い切って頭を下げる。道を通る人に見られるのは恥ずかしかったけど、ずっと引っかかってたこのことを言えないままモヤモヤしている方がずっと嫌だった。
「……大丈夫よ」
頭の上から聞こえてきたのは、ポツリと囁くような静かな声。
頭を上げると、月居は穏やかな表情でフッと鼻から息を吐く。
「SEの話、桜さんからも聞いてたわ。それに、脚本修正の話し合いにもちゃんと混ざってたし、ちゃんと読もうとしてたの分かってる。だから、もう怒ってない。それに」
そして、口を真一文字に結び、目線を少し下げた。
「ワタシこそごめん、あの時あんな言い方しちゃって。夢中で脚本読んでたから、神経昂ってたのかも」
「あ、いや……元はと言えば俺の方だから」
謝らせる気なんてこれっぽっちもなかったので、激しく両の手を振って打ち消す。やがて彼女と再び目が合い、お互い少しだけ顔を綻ばせた。
「撮影、よろしくな。色々教えてくれ」
「うん、分かった」
またね、と言って、ヘッドホンを付けて本屋へと駆けていく。
5分くらいの短いやりとり。だけど、心のしこりが取れると体も随分軽くなるらしく、俺は大きなストライドで結構な距離のある駅に向かった。
ファミレスの入り口で解散したのは19時前。すっかり薄暗くなった街で、近くの個人商店はシャッターを下ろす準備を始めている。
颯士さんが自転車で、桜さんと月居は別々のバス停だったな。俺は電車だから向こうに……
「あれ?」
月居が俺の少し先を歩き始めた。俺が声を出したことに気付いてこちらを向く。「家こっちじゃないよね?」という質問を読み取ったらしく、リュックを開けようとしていた手を止めた。
「書店行きたくて」
「あ、ああ、そっか」
そして前に向き直り、バッグからヘッドホンを取り出す。それを見ながら、ふと、ある思いが過り、大急ぎで脳内で文章を練っていく。
これは、あれを伝えるチャンスじゃないか?
言いたいことがある。なあなあにしないで、言わなきゃいけないことがある。
「月居、あのさ」
5歩前、ヘッドホンを耳に当てようとしていた彼女を呼び止めた。温度の低い風が、明るい栗色の髪をふわりと撫でる。
「今更なんだけど、先週のSEの、アレ、ごめんな」
彼女がチラと振り向く。目が合って緊張が増したせいで、続きの言葉が喉に張り付く。でも、ちゃんと謝らなきゃ。
「正直、あの時は本当に、なんていうか……どれでもいいじゃんって思ってた。音声だけじゃなくて、台詞や設定の一つ一つの細かい意味とか理解しようともしないで、フィーリングで全部できてるって勘違いしてた。でもあの後、読み込んでいって、みんながどれだけ脚本に潜ってるか分かったし、その……俺もそうなりたいって思ったよ」
考えながら話す俺の言葉を、月居は黙って聞いている。
すぐに返事を被せてくるタイプじゃなくて良かった。焦らず話せる。
「SEも自分なりにやってみた。難しいけど、脚本から想像を膨らませて選ぶの、楽しかったよ。それを『どれでもいい』なんて、ひどい言い草だった。だから、その、ごめんなさい!」
言い切って頭を下げる。道を通る人に見られるのは恥ずかしかったけど、ずっと引っかかってたこのことを言えないままモヤモヤしている方がずっと嫌だった。
「……大丈夫よ」
頭の上から聞こえてきたのは、ポツリと囁くような静かな声。
頭を上げると、月居は穏やかな表情でフッと鼻から息を吐く。
「SEの話、桜さんからも聞いてたわ。それに、脚本修正の話し合いにもちゃんと混ざってたし、ちゃんと読もうとしてたの分かってる。だから、もう怒ってない。それに」
そして、口を真一文字に結び、目線を少し下げた。
「ワタシこそごめん、あの時あんな言い方しちゃって。夢中で脚本読んでたから、神経昂ってたのかも」
「あ、いや……元はと言えば俺の方だから」
謝らせる気なんてこれっぽっちもなかったので、激しく両の手を振って打ち消す。やがて彼女と再び目が合い、お互い少しだけ顔を綻ばせた。
「撮影、よろしくな。色々教えてくれ」
「うん、分かった」
またね、と言って、ヘッドホンを付けて本屋へと駆けていく。
5分くらいの短いやりとり。だけど、心のしこりが取れると体も随分軽くなるらしく、俺は大きなストライドで結構な距離のある駅に向かった。