「さて、じゃあ早速、脚本の感想とか意見を聞こうかな」

 翌日の火曜日。部室の真ん中で長テーブルを取っ払い、全員が円状に向かい合って不揃いな椅子に座る。自由に話すときはこういう形が一番いいわ、と桜さんが配置した。


 俺はといえば、昨日のショックからまだ抜け切れていない。夕飯をドカ食いし、買うか迷っているゲームの実況動画を見て、(かし)いだ気持ちを少しだけ立て直したけど、脚本を開くとト書きの部分で月居の言葉が蘇ってきてしまい、大して読むことができなかった。


「まず、オレがすごく良いと思ったのはタイトルだな。佳澄と和志の主人公同士とか、佳澄と陽菜のヒロイン・サブヒロインとか、対立構造がよく出てくる作品だけど、タイトルにもそれがよく表れてると思う」

 言っていることがよく分からなくて、なんとなく頷いていると、颯士さんは脚本の1枚目をトントンと叩きながら続けた。


「『きっと見抜けない』は佳澄の見抜いてほしくないって気持ちだけど、和志からしたら見事に逆なんだよな。駆け引きの嘘を見抜いてほしかった」
「あっ」

 思わず声が出てしまった。そうか、そういう風に解釈することもできるんだ。

「さすがソウ君ね。そこはお客さんも後から気付くかなと思って仕込んでみたの」
「分かった人だけ楽しめる秘密って感じで良いよこれ。なあ、葉介」
「え、あ、はい。俺は今初めて気付いたんですけど、面白い仕掛けです、うん」

 急に振られ、正直に感想を伝える。桜さんは、小さくピースして見せた。

「あの、桜さん、タイトルに関して言うと」

 首に赤いヘッドホンを掛けている月居が、胸元で小さく手を挙げる。

「最後に佳澄にモノローグで『きっと見抜けない』って言わせるじゃないですか。これ、言葉にしなくてもいいかもな、って思いました。泣いてるシーンの後に、パンッと『きっと見抜けない』ってタイトルが出れば、それが佳澄の気持ちだってみんな分かりますし」
「ああ、なるほどね。そういう演出もありかも。でも、佳澄本人に言ってほしいって気もするんだよね。自分の気持ちに決着をつけようとしているから、少し強めの口調で声に出してもらいたいっていうか」

「そっか、それなら確かに、本人の声で出した方がいいですね。この台詞を言って間髪入れずにエンドロールに繋げれば、スパッと気持ちいいラストになりそう」
「ありがとね、スズちゃん。でもバシッとタイトルだけ出す案もありだと思うから、ここは一旦、自分の中で考えてみるよ」


 3人の話を、スポーツ選手の何気ないスーパーテクニックの解説を聞いているような気持ちで耳から吸い込み、脳で咀嚼していく。自分は考えもしなかった新鮮な視点と意見が次々と飛び出す。

 他の部活と違って、映画なら他の部員と大して知識や技量差はないだろう、とどこかで軽視していたけど、大きな間違いだったかもしれない。


「あと、オレが気になったのは、佳澄が和志に、山に行かないか提案する場面だな。あれ、陽菜への対抗意識もあると思うんだ。普通にデートしてるとつい陽菜のことが浮かんでくるから、2人しか知らない場所に行くっていう。でも、アレが急に思いついたことなのか、もともと思い出の場所だった山で告白しようとしてたのか、イマイチ分かりづらい」

 ふと、隣で話している颯士さんの脚本が目に入り、俺の視線は釘付けになる。
 彼の紙は、まるで役者が演じ方をメモしているかの如く、赤と黒のボールペンでグシャグシャになっていた。


「もし急に思いついたことなんだとしたら、そのきっかけを見せた方がいいな。例えば演劇のポスターを見つけるとか山の写真を目にするとか、何でもいいんだけど、そのカットがあれば佳澄の感情の流れが伝わりやすいと思う」
「ソウ君、ありがと。佳澄はちょうど中間かな、山に行ってもいいかなと思ってた、って感じ。でもその前まで陽菜のこと考えて不安だったわけだから、提案を決意する場面は何か加えた方がいいかもね」

 2人の会話を聞きながら、俺は自分の中に渦巻くモヤモヤを噛み締めていた。


 颯士さんは昨日、この脚本は初めて読むと言っていた。だから、颯士さんや月居と、やっぱり条件はほぼ一緒のはずなんだ。後から入ってきたことなんて関係ない。今まで出てきたのは、映画のテクニックの話でも何でもないんだから。

 なのになぜ、ここまで違うのか。
 簡単なことだ、2人とも、桜さんと同じく、それだけこの作品のことをちゃんと考えているから。そしてそれは、昨日の月居の件も同じことに違いなかった。

 俺の入部は、軽薄に言ってしまえば「元カノの気持ちを分かりたい」なんていう、不純な動機だ。桜さんに頼まれて入った身でもある。それでも、悔しい。

 自分は颯士さんや月居ほど、この作品のことを分かろうとしなかった。ただ物語として上辺だけを楽しんで、それを書いた桜さんを絶賛していただけだ。それが今は、堪らなく恥ずかしかった。

「キリ君は、何か気になることあった?」
「……いえ、昨日読んだんですけど、今のところは特にないですかね、へへ……」
 今のところは、と強がりで武装して、愛想笑いで誤魔化す。

 せっかく入ったんだから、どうせやるなら、アッと言わせたいし、俺が入って良かったと思われたい。
 久しぶりに味わう「誰かと何かを作ること」での願望と嫉妬。

 脚本の下敷き代わりにしていたノートを捲り、誰にも見えないように「負けるか」と書き殴った。