「何事だ?」

突然背後から声がして、私は振り向いた。

「あ、咲耶姫様。」

しずしずと近寄るにつれて咲耶姫様の顔が険しくなる。そしてキッと火の神様を睨みつけた。

「火の神、何を興奮しているのだ。まさか葵に欲情しておるのか!」

「なんでそうなるんですか!」
「ありえぬ!」

火の神様と私の叫びがハモる。

「俺はお前以外欲情せぬわ!」

「ぶはっ!」

思わず吹く私。
うん、言いたいことはわかるけれど、欲情って、神様方落ち着いてほしい。しかもどう考えてもこれは痴話喧嘩だし、私を巻き込まないでください。

静かな睨み合いが続く中、火の神様が口を開く。

「花を付けてくれたのか?」

「あ、これは葵が勝手に。」

咲耶姫様は耳元に挿したキキョウを手で確かめながら、困った顔でこちらを見た。

いやいや、こちらが困るんですけど。
なぜ強気に文句は言えて、こういうことは弱気なのだろう。むず痒いというか甘酸っぱいというか。

「咲耶姫様、キキョウの花言葉をご存じですか?」

「花言葉?」

「永遠の愛、深い愛情ですよ。それは火の神様のお気持ちです。」

「なぜそのようなこと葵が知っているのだ。」

「フラワーデザイン専攻卒で花屋勤務の私にとってはそんなこと朝飯前です!」

私はドヤ顔だ。
むしろ今まで日の目を見なかったこの知識が、こんな形で役に立とうとは誰が想像しただろう。普段花屋で仕事をしていても、花言葉で花を買っていく人はほとんどいない。それなのに火の神様に花言葉の知識があったとは、驚きだ。