苔むした石造りの鳥居の向こうに、角度の急な石階段が見える。
 近づいてみても、登った先に何があるのか見えないほど長い石段だが、鳥居の脇の石碑に『髪振神社上之社(かみふりじんじゃうえのやしろ)』と彫られているので、おそらく私が目指していた場所にまちがいないだろう。

「着いたあ……」
 ほっとひと息をつき、鳥居の横の岩肌をちょろちょろと伝い流れている湧き水で、手を洗った。
 冷たい水が心地いい。
 両手ですくって少し飲んで、それから私は再び歩き始めた。

 途中で大きな風が吹いた時にも感じたことだが、ふとしたきっかけで、山の空気はガラリと変わる。
 今もそうで、私が鳥居を潜って石段を登り始めた途端、また体感温度が下がったように感じた。

(寒いくらいだ……)
 もうすぐ七月も終わり。
 まさに夏真っ盛りのはずなのに、半袖の上に何か羽織ってくるべきだったかと後悔するほど、山の頂上付近は涼しい。
 アスファルトの照り返しでじりじりするようだった都会とは、まるで違う国へ来たかのようだ。

(暑い暑いって言いながら、お母さん、今日も仕事へ行ったんだろうな……)
 母のことを思うと少し胸が痛むので、しばらくは考えないように努力しながら、私は石段を登った。

 登りきった先は、想像していたよりもずっと拓けた場所だった。
 神社の拝殿と、その奥に本殿、お守りやお札の授与所と、社務所らしき建物もある。
 しかしそのどれも無人で、授与所に至っては閉めきられており、私以外には人の気配もなかった。
「…………」

 ひとまず拝殿でお参りしてから、ハナちゃんが言っていた『展望台』へと向かう。
 敷地をぐるりと囲っている柵に沿って進むと、すぐにそれらしき場所へ到着した。

「わあああっ」
 思わず大きな歓声を上げずにはいられない。
 確かにその場所からは遥か眼下に見下ろす形で、町を一望することができた。