椿ちゃんと誠さんがお互いの想いを伝えあい、私の生きる世界が、父の存在するこの世界へと戻った時、私の事故の知らせを聞いた母と長倉さんが、車でこの町まで来た事実はなくなったようだった。

 それなのに夏祭りのあの日、私が事故に遭ったくらいの時間に、珍しく母から、スマホに着信が入っていた。
『あの山の中じゃ、電波なんて全然立たないんだろうけど……たまには麓のどっか通信環境のいいところで、連絡ぐらいしなさいよ』

 留守録に残っていたのは短いメッセージだったが、それから私は麓の商店に買いものに行くたび、母に電話をしてみることにしている。
 母は仕事が忙しいので、応答しないことがほとんどだが、何でもない近況を留守録に残すのは、お互いの習慣にした。

 それを聞いた父は「とてもいい習慣だ」と余裕の笑みを浮かべている。

 今日も麓へ下りたついでに、母へメッセージを送っていると、父に呼ばれた。
「おーい和奏、行くぞー」

 珍しく黒いスーツに身を包み、黒いネクタイまで締めた父を、私は急いで追いかける。
「待って!」

 追いついて隣に並び、自分の格好を再確認した。
「本当にこれでよかったのかな……?」

 私も黒のブラウスに黒のスカートを穿いているが、運よくその色があったのを強引に組み合わせだけのものだ。
「いいだろう、黒なら……法事の会場に入るんじゃないし、墓参りして帰るだけだし……」

「うん……」
 スカートが短くないだろうかと裾をひっぱりながら、私は父の隣を歩き続けた。