ハナちゃんに浴衣を着せてもらってから、私は自分で髪をアップにした。
 毛先を巻いてまとめやすくする時間などはなかったが、肩までの手頃な長さでよかったと思う。
 ワックスで固めて簪ふうのヘアアクセサリーを挿したら、それなりになった。

「和奏嬢ちゃんは器用じゃねぇ……お父さんに……いや、そもそもお祖父ちゃんに似たんじゃろうねぇ……」
「お祖父ちゃん……?」
 私の髪を見ながらしみじみと呟くハナちゃんに、父にも以前にちらりと聞かされた祖父について、訊ねてみたい気持ちはあったが、今はとにかく時間がない。

(十八時に二の鳥居の前……十八時に二の鳥居の前……)
 椿ちゃんとの待ちあわせの時間と場所を、心の中で何度も唱えながら、ハナちゃんが貸してくれた古風な竹の編みバッグに必要なものを入れ、同じくハナちゃんが貸してくれた赤い鼻緒の黒い塗り下駄を履いた。

「慣れないと、足の親指と人差し指の間が痛くなるかもしれんから……」
 ハナちゃんが心配して、あらかじめバンドエイドをバッグに入れておいてくれたとおり、私は山を下る時点で、すでに足が痛くなった。

(なんたる不覚!)
 途中で腰かけられる岩を探し、足の手当てをしていたせいで、到着が待ちあわせの時間より少し遅くなってしまった。
 急いで山道を下ると、神社の境内はこれまで見たこともないような人でごった返していた。
(わあ……)

 参道も、そこへ向かう小道も、色とりどりの浴衣に身を包んだ老若男女で埋め尽くされている。
 少し薄暗くなりかけてきたこともあり、待ちあわせの場所と時間をしっかり決めておかなければ、一緒にお参りしようと約束した相手と巡り合うことも難しそうだ。
(よかった、ちゃんと約束しといて……)

 少し時間に遅れてしまったと思ったが、椿ちゃんの姿はまだ二の鳥居の周りにはない。
 私は鳥居に背中を預けるような位置に立ち、神社へと向かってくる人々と、その左右で列を成して灯る無数の燈籠を見つめた。
(綺麗……)

 『燈籠』と聞いたので、私ははじめ、中に蝋燭が入っており、それに火を灯すのだと思っていたが、実際には電球が入っており、点火の時間になると一斉に光る仕組みだった。
(それはそうよね……でなきゃこれだけの数の火なんて燃やしたら、火事になっちゃうもの……)

 楽しそうに燈籠に顔を近づけ、それを描いた人物の名前を確かめている人々が羨ましい。
(私も椿ちゃんの燈籠と、お父さんの燈籠を探しに行きたいけど、まずはその椿ちゃんと合流しないとね……)

 一瞬、やはり出かけることを許してもらえなかったのでは――という考えも脳裏を過ぎったが、私はその考えをふり払った。
(この日のために、他には一切外出しないで、勉強も習い事も、この夏の到達目標までやりきってみせるって椿ちゃんが言ってたんだもの……きっと大丈夫……必ず来れる……!)

 祈りにも似た予想は当たることなく、私はその場所で一時間ほども、来ない椿ちゃんを待ち続けた。