駅に帰ると、椿ちゃんはベンチに横になり、顏の上に麦わら帽子を乗せていた。
「お待たせ!」
 私が駆け寄ると、ゆっくりと体を起こし、ベンチに座り直す。
「ごめんね、和奏」

 まだあまりよくない顔色を見て、自分のことのように苦しく感じながら、私はお婆さんからもらったサイダーの瓶を、椿ちゃんに手渡した。
「近くの畑にいたお婆さんからもらったの……飲めるかな?」
「うん……」

 椿ちゃんは細い首が折れてしまいそうにこっくりと頷いて、両手でサイダーの瓶を持ち、飲み口に口をつける。
 こくこくと飲む横顔が、まるで絵画のように綺麗だなどと私が考えているうちに、あっという間に一瓶飲み終わり、見るからに顔色がよくなった。
「ありがとう和奏。だいぶ楽になった」

 私はほっとして、椿ちゃんの隣に腰を下ろす。
「よかった……」

 椿ちゃんは恥ずかしそうに、首を傾げる。
「急に頭が割れそうに痛くなってびっくりした……乗り物酔いなのかな? これまでなったことないんだけど……」
「一応、病院へ行ったほうがいいんじゃない?」
「うん。家に帰ったら、お抱えの町村先生に来てもらう」

(お抱え医師……)
 椿ちゃんは本当に『お嬢さま』なのだということを再確認しながら、私は彼女の手の中にある瓶へ目を向ける。

「瓶入りのサイダーなんて珍しいね」
「え? ……そう?」
 椿ちゃんは私の発言のほうが珍しいと言わんばかりに、瞳を見開く。
「どこの家にもあるわよ? ケースで買うもの。畑仕事なんかの休憩に飲むために持っていって、冷やしとくの」
  
「そうなんだ……それをくれたお婆さんも、川に浸けてた網の中から出してくれたよ」
「そうそう、採れたての胡瓜とか西瓜なんかもそうして冷やしておいて、休憩に食べたりするから」
「そうか……」
 このあたりではごく普通の習慣なのだと、私は納得した。

「今度またお礼に来なくちゃ……」
 手の中で瓶をもてあそぶ雅ちゃんに、私は問いかける。
「どうする? 次に来る列車に乗って、隣街へ行く?」

 椿ちゃんは少し寂しそうに笑った。
「今日はもういいかな……せっかくつきあってくれたのに、ごめんね和奏」

 私は慌てて首を振った。
「気にしなくていいよ! 私はいつでも暇だし……またいつでも誘ってよ。一緒に隣街へ行こう!」

「うん。ありがとう」
 椿ちゃんが微笑んだ時、私たちが本来行くはずだった方角からぼーっという汽笛が聞こえた。

「あ、帰りの方向の列車が来るみたい……あれに乗ろう」
「うん」
 ベンチから立ち上がり、椿ちゃんに肩を貸してゆっくりと駅舎へ入った。
 切符を売る場所がなく、自動改札もなく、どうしたらいいのかと迷う私を、椿ちゃんが笑って促す。
「乗ってから車掌さんに言えばいいのよ」
「そうか……」

 都会で使っていたICカードは持ってきたが、今日はまったく出番がなさそうなことに地域性を感じながら、椿ちゃんと二人きりのホームで列車の到着を待った。