「お仕事、ひと段落したの?」
「ああ……」
向かいあって少し遅い夕食を食べながらの会話は、途切れ途切れで、時々沈黙が続く。
父の家へ来て始めの頃は、なんとか話を続けようと、無理に話題を探していたが、一人で空回りするのに疲れて、最近ではもう気にしないことにしていた。
どうしても話をしなければいけないわけではない。
黙って食事に専念するのも、作法には適っている。
とはいえ今日の夕食は、昼にハナちゃんが持ってきてくれたおにぎりの残りと、朝食の味噌汁の余りと、常備食の漬物だけになってしまった。
これは完全に私の落ち度で、父に申し訳ない。
「ごめんね、今日はご飯ちゃんと作れなくて」
味噌汁の椀に口をつけながら謝ると、父がはっとしたように私を見た。
「いや……じゅうぶんだよ」
慌てて漬物を掴む箸を握る手は、赤や緑の染料で汚れている。
父が作る陶器は、焼き上げてから表面に絵を描く種類のものだ。
繊細な草花の絵が特徴的で、ひそかに人気もあるらしい。
私はここへ来るまで、父がそういう仕事をしていることさえ知らなかった。
昔から手先が器用な人ではあったが――。
(…………)
服の中に隠すようにして、首から下げているペンダントに意識が集まる。
それは小学校に入学してすぐの授業参観で、父と一緒に作ったものだった。
プラ板に熱を加えると縮むことを利用しての小物作りだったが、私の描いた絵に見事な縁取りと鎖をつけ、瞬く間に可愛らしいアクセサリーにしてしまった父の手腕は、友人たちからとてもうらやましがられた。
私としても自慢だった。
だからそれからずっと、いつもこのペンダントを下げていた。
あの頃はまだそれが、父が来てくれた最初で最後の授業参観になるとは思っていなかった。
母と暮らしたマンションを出て、父の住むこの家に来るにあたり、机の引き出しの奥にしまっていたこのペンダントをひっぱり出してきたのは、何がしかの会話のきっかけになるかもしれないと思ったからだ。
しかし私がこれみよがしにこれを下げていても、父は何も言わなかった。
ひょっとすると、気づいてさえいなかったかもしれない。
(まあ、それでもいいんだけど……)
考えていると気持ちが落ちこみそうだったので、私は頭を切り替えることにした。
「明日ね、ちょっと友だちと出かけることになったから」
「友だち?」
突然の私の宣言に、父はかすかに首を傾げる。
「もうできたのか? 早いな……」
ほんの少し笑ってくれた気がして、私も頬が緩む。
「うん、今日仲良くなったの……昼前に出るけど、夕方には帰ってくるから……晩ご飯、何か食べたいものがある?」
父は困ったように私から視線を逸らした。
「今から、次の仕事にとりかかるから……」
「そっか……」
作業に入った父は、朝昼晩という食事の仕方をしない。
少し時間ができた時に、それも流れの一環であるかのように、急いで食べものを体内に摂りこむ。
だからこそ、ハナちゃんが持ってくるのは『おにぎり』なのだろうし、父は滅多にこの母屋まで帰ることはない。
私がここへ来たことで、その習慣を変えようともしてくれたが、私が断った。
私は父の仕事の邪魔をしたくて、ここへ来たのではない。
だったら何がしたいのかと訊ねられると、自分でもよくわからないのだが――。
(明日からは、またこんなふうに向きあってご飯を食べられるかどうか、わからないってことね)
心の中で確認してから、私はとっくに食べ終わっていた自分のぶんの食器を持って立ち上がった。
「じゃあ私の好きなもの作ろうかな……」
食器を流しへ下げようと、台所へ向かって歩き始めると、父に呼び止められる。
「和奏」
「何?」
いったい何だろうとふり返ったが、父は軽く首を振ってまた私から視線を逸らした。
「いや……なんでもない……」
父が言おうとして呑みこんでしまった言葉がどんなものなのか、知りたくはあったが、どう訊ねたらいいのかは私にはわからず、再び背を向けるしかなかった。
「ああ……」
向かいあって少し遅い夕食を食べながらの会話は、途切れ途切れで、時々沈黙が続く。
父の家へ来て始めの頃は、なんとか話を続けようと、無理に話題を探していたが、一人で空回りするのに疲れて、最近ではもう気にしないことにしていた。
どうしても話をしなければいけないわけではない。
黙って食事に専念するのも、作法には適っている。
とはいえ今日の夕食は、昼にハナちゃんが持ってきてくれたおにぎりの残りと、朝食の味噌汁の余りと、常備食の漬物だけになってしまった。
これは完全に私の落ち度で、父に申し訳ない。
「ごめんね、今日はご飯ちゃんと作れなくて」
味噌汁の椀に口をつけながら謝ると、父がはっとしたように私を見た。
「いや……じゅうぶんだよ」
慌てて漬物を掴む箸を握る手は、赤や緑の染料で汚れている。
父が作る陶器は、焼き上げてから表面に絵を描く種類のものだ。
繊細な草花の絵が特徴的で、ひそかに人気もあるらしい。
私はここへ来るまで、父がそういう仕事をしていることさえ知らなかった。
昔から手先が器用な人ではあったが――。
(…………)
服の中に隠すようにして、首から下げているペンダントに意識が集まる。
それは小学校に入学してすぐの授業参観で、父と一緒に作ったものだった。
プラ板に熱を加えると縮むことを利用しての小物作りだったが、私の描いた絵に見事な縁取りと鎖をつけ、瞬く間に可愛らしいアクセサリーにしてしまった父の手腕は、友人たちからとてもうらやましがられた。
私としても自慢だった。
だからそれからずっと、いつもこのペンダントを下げていた。
あの頃はまだそれが、父が来てくれた最初で最後の授業参観になるとは思っていなかった。
母と暮らしたマンションを出て、父の住むこの家に来るにあたり、机の引き出しの奥にしまっていたこのペンダントをひっぱり出してきたのは、何がしかの会話のきっかけになるかもしれないと思ったからだ。
しかし私がこれみよがしにこれを下げていても、父は何も言わなかった。
ひょっとすると、気づいてさえいなかったかもしれない。
(まあ、それでもいいんだけど……)
考えていると気持ちが落ちこみそうだったので、私は頭を切り替えることにした。
「明日ね、ちょっと友だちと出かけることになったから」
「友だち?」
突然の私の宣言に、父はかすかに首を傾げる。
「もうできたのか? 早いな……」
ほんの少し笑ってくれた気がして、私も頬が緩む。
「うん、今日仲良くなったの……昼前に出るけど、夕方には帰ってくるから……晩ご飯、何か食べたいものがある?」
父は困ったように私から視線を逸らした。
「今から、次の仕事にとりかかるから……」
「そっか……」
作業に入った父は、朝昼晩という食事の仕方をしない。
少し時間ができた時に、それも流れの一環であるかのように、急いで食べものを体内に摂りこむ。
だからこそ、ハナちゃんが持ってくるのは『おにぎり』なのだろうし、父は滅多にこの母屋まで帰ることはない。
私がここへ来たことで、その習慣を変えようともしてくれたが、私が断った。
私は父の仕事の邪魔をしたくて、ここへ来たのではない。
だったら何がしたいのかと訊ねられると、自分でもよくわからないのだが――。
(明日からは、またこんなふうに向きあってご飯を食べられるかどうか、わからないってことね)
心の中で確認してから、私はとっくに食べ終わっていた自分のぶんの食器を持って立ち上がった。
「じゃあ私の好きなもの作ろうかな……」
食器を流しへ下げようと、台所へ向かって歩き始めると、父に呼び止められる。
「和奏」
「何?」
いったい何だろうとふり返ったが、父は軽く首を振ってまた私から視線を逸らした。
「いや……なんでもない……」
父が言おうとして呑みこんでしまった言葉がどんなものなのか、知りたくはあったが、どう訊ねたらいいのかは私にはわからず、再び背を向けるしかなかった。