まず美空さんと同じ心療内科に通院していることを真宙くんに話した。
そして通院することになった理由。
それは。
美空さんと同じ。
中学一年生のときにイジメにあっていたから。
ゴールデンウィーク明け。
その日から学校を休み始めたことも。
その頃に初めて心療内科を受診した。
通院しているうちに少しずつではあるけれど回復へ向かっていった。
中学二年生になり、再び学校に行き始めた。
それから卒業するまで、なんとかイジメはされずにすんだ。
だけど。
人と接することに恐怖を感じることは治ることはなかった。
高校に入学してから今のところは問題なく過ごすことができている。
けれど、トラウマのせいか、今だに人と接することは恐怖に感じる。
だけど最近、少しだけ心の変化を感じている。
ほんの少しだけど、人に対して積極的になれているような気がする。
今までの私なら有り得ない。
少しでも自分を変えることができるようになったのも。
真宙くんのおかげ。
真宙くんが思いやりをもって接してくれるから。
そのおかげで、少しずつだけど前を向くことができるようになってきた。
それもこれも、みんな真宙くんのおかげ。
真宙くん、本当にありがとう。
真宙くんに感謝の気持ちでいっぱいだった。
「話を聞いてくれてありがとう、真宙くん」
一通り話し終え、真宙くんにお礼を言った。
「『ありがとう』を言うのは俺の方だよ」
「え……?」
「本当はすごく言いづらかっただろうに、
勇気を出して俺に話してくれた。
そんな希空ちゃんはすごいと思う」
真宙くん……。
「ありがとう、そんなふうに言ってくれて」
真宙くんに過去を話すことができた。
あとは。
美空さんと話をしてみたいということを真宙くんにお願いしようと思うのだけど……。
真宙くんに、どういうお願いのしかたをすればいいのだろう。
……って。
そんなふうに思うのなら、真宙くんにお願いしなければいいことなのかもしれない。
けれど。
それでは先へ進むことはできない。
美空さんも、私も……。
だから……。
「……あの、真宙くん……
……美空さんのことなんだけど……」
と、真宙くんに声をかけたのはいいけれど。
そこからどう言えばいいのだろう。
良い言葉が思いつかない。
「美空と話をしてみたいんでしょ」
そのとき。
心の中を当てた?
と思うくらいの真宙くんの言葉。
そのことに驚きながら小さく頷いた。
「じゃあ、美空にメッセージを送るね」
えっ⁉
「俺、時々、美空のスマホにメッセージを送っているんだ」
メッセージを⁉
本当⁉ 真宙くんっ。
「俺が二・三回、送信したら、
美空からは一回くらいは返信が来るかな」
本当っ‼ 真宙くんっ‼
よかった。
美空さんとメッセージのやりとりで繋がっていたんだ。
少しだけでも繋がることができているのなら、希望はあるから。
近い未来、真宙くんと美空さんが仲直りできているといいな。
「だから美空にメッセージを送ってみるよ。
俺の友達が美空と話をしてみたいって言ってるって」
「……本当? 本当にいいの、真宙くん」
「いいに決まってるでしょ。
っていうか、むしろありがとうだよ。
妹と話をしてみたいって思ってくれて」
真宙くん……。
「えっと、美空にメッセージを送るときに、
希空ちゃんの過去のことを伝えてもいいのかな?」
「うん、伝えてほしい。
私のことを美空さんに知ってもらいたい」
「わかった。じゃあ、美空にメッセージを送ってみるね」
真宙くんがメッセージを送ってから一時間くらい経った。
「あっ」
そのとき。
真宙くんが受信音に気付いた。
「美空からかな」
真宙くんは、さっそくスマホの画面を見た。
「美空からだ」
真宙くんは美空さんからのメッセージを見た。
どんな返事が来たのだろう。
緊張しながら美空さんからの返事を見ている真宙くんの言葉を待つ。
「美空からの返事」
真宙くんがそう言ったとき、さらに緊張感が増した。
「メッセージのやりとりだけならいいって」
「ほっ……本当にっ、真宙くんっ」
よかった。
「本当だよ」
よかったぁ~‼
メッセージのやりとりだけでも美空さんと繋がれる‼
「あっ、そうだ、希空ちゃんの連絡先、美空に伝えておくね」
「うん、ありがとう、真宙くん」
「あっ、そうだ、これ、美空の連絡先」
真宙くんは美空さんの連絡先を教えてくれた。
「ありがとう」
これで、一歩前進……かな……。
少しずつ、少しずつでいい。
ほんの少しずつでも前進できれば、それだけで大きな一歩。
「希空ちゃん」
真宙くんが少しかしこまった感じで私の名前を呼んだ。
「美空のこと、よろしくお願いします」
真宙くん、ものすごく丁寧。
「真宙くんっ、そんなご丁寧な……っ」
「妹が希空ちゃんにお世話になるんだよ。
せめてこれくらいは言いたくて」
「美空さんのことをお世話だなんて、そんなこと……っ」
「ありがとう、希空ちゃん。
本当に希空ちゃんは気遣いがあって思いやりがある子だね」
気遣いがあって思いやりがあるのは真宙くんの方だよ。
「そんな、私なんか……」
「そんなことはない。希空ちゃんは気遣いがあって思いやりがある子だよ」
「真宙くん……」
「そういえば、お腹空かない?
昼ごはん食べに行かない?」
「うん」
「それでね、昼ごはん食べた後、海が見えるところ行かない?
実は俺、もう一つ、希空ちゃんに話したいことがあるんだ」
話したいこと……?
なんだろう……。
「うん」
真宙くんのもう一つの話はなんだろう。
そう思いながら頷いた。
昼ごはんを食べ終わり、私と真宙くんは海を見ている。
「希空ちゃん、
一曲、歌ってもいい?」
そのとき。
突然、真宙くんはそう言った。
「う……うん」
真宙くんの言ったことに驚きながらも、そう返事をした。
「では」
真宙くんは大きく深呼吸をした。
そして真宙くんは歌い始めて……。
え……⁉
この歌って……。
真宙くんの歌に驚き過ぎて声が出なかった。
だって真宙くんが歌っている歌は……。
『blue sky』の『青の世界』―――――。
私の大好きな歌手『blue sky』の歌だったから―――。
似ている……。
真宙くんの歌声が……。
『blue sky』の声に……。
何がどうなっているの……?
ものまね……?
それとも偶然、真宙くんの歌声が『blue sky』の声に似ているだけ……?
「あー、スッキリした」
そう思っている間に、真宙くんは歌い終わっていた。
「どうだった? 俺、上手に歌えてた?」
なにがなんだかわからない。
戸惑いを残しながら頷いた。
「本当に上手だね、真宙くん。
本物の『blue sky』が歌ってるみたいだった」
戸惑ってはいる。
けれど。
感動もしている。
「すごく感動した。ありがとう、真宙くん。
大好きな『blue sky』の曲を歌ってくれて」
すごく感動した私は真宙くんに『ありがとう』を言わずにはいられなかった。
「そんなに上手く歌えるなんて、すごく練習したの?」
「…………」
真宙くん?
真宙くんは無言になっている。
何かまずいことでも訊いてしまったのか。
そう思うと、少し心配になってきた。
「すごく練習したというか……
この曲、俺が歌っている曲だから」
そのとき。
真宙くんが口を開いた。
のだけど……。
今、なんて……。
「だって俺、『blue sky』だもん」
え……。
えぇっ⁉
えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉
まっ……真宙くんが『blue sky』⁉
それとも、私の聞き間違い⁉
「まっ……真宙くん、今の……」
「今の話? うん、『blue sky』の正体は俺だよ」
はっきりと認識した。
『blue sky』の正体は真宙くんだって。
「びっくりした?」
今、目の前に大好きな『blue sky』がいる。
うそみたい……。
でも、うそじゃない。
「びっくりなんてものじゃないよ。
真宙くん、あまりにも突然過ぎるよ」
心臓が悪い人なら発作を起こしていたかもしれないくらいに。
「あはは、びっくり大作戦、成功」
真宙くんは無邪気な笑顔でそう言った。
「あれ、真宙くん『blue sky』のこと知らないって……」
「あれは、なんとなくそう言っちゃった。
自分のことを知ってるって言うのが照れくさくて」
「そうだったんだ」
……って。
そういえば。
「真宙くん、大丈夫なの?」
「何が?」
「一般の人に『blue sky』の正体を明かしても」
「本当はNGだよ」
「えぇっ⁉」
「知っているのは家族と関係者だけだったから」
「そんな大切なことを私に話しては、すごくまずかったのでは……っ」
「……希空ちゃんだから話したんだよ」
「……?」
「……好き……だから……」
え……。
「……俺は……希空ちゃんのことが……好き……」
真宙……くん……。
「……希空ちゃんは……?」
「……‼」
「俺、希空ちゃんの気持ちが知りたい」
……‼
「教えて、希空ちゃんの気持ち」
真宙くん……。
私の気持ち……。
もう気付いている。
自分の気持ちに。
黒川さんのことがあったあのとき、自分の気持ちに気付いた。
だけど。
真宙くんを目の前に。
自分の気持ちを伝えることは。
ものすごく恥ずかしい。
けれど。
伝えなければ。
だから。
「……あの……」
真宙くんに。
「……私も……」
気持ちを。
「……真宙くんの……ことが……」
伝えたい……‼
「……好き……です……」
真宙くんに想いを打ち明けた瞬間。
それに合わせるように、やさしく潮風が吹いた。
その風が私と真宙くんのことをやさしく包み込んだ。
「……希空ちゃん……」
真宙くん……。
「やったぁ‼」
……‼
まっ……真宙くん……っ。
「希空ちゃーんっ‼」
真宙くんは思いきり私を抱きしめた。
「まっ……真宙くんっ」
真宙くんに抱きしめられて心臓がどうにかなってしまいそうなくらいにドキドキしていた。
「ありがとう、希空ちゃん。これからもよろしくね」
「わ……私の方こそ、ありがとう。こちらこそ、これからもよろしくね」
通じ合えた。
想いが。
真宙くんと。
そのことが。
とても嬉しくて幸せな気持ちになった。
一年後――。
今日は土曜日。
今日はとても嬉しいことがある。
メッセージや通話でやりとりしている美空ちゃんと初めて会えることに。
通話は。
美空ちゃんに確認をして了承をもらっている。
美空ちゃんと通話やメッセージのやりとりで交流するようになってから約一年。
ついに美空ちゃんと会うことが実現できる。
待っていた。
美空ちゃんと会えるこの日を。
そして今、待ち合わせの公園で美空ちゃんと初めて顔を合わせている。
そこは真宙くんと初めて話をしたあの公園。
美空ちゃんの顔はわかっている。
一度だけテレビ電話で話をしたことがあった。
挨拶を交わした私と美空ちゃんはカフェへ向かった。
公園から少し歩いたところに可愛らしいカフェが。
カフェに入った私と美空ちゃんは無理しない程度に少しずつゆっくりと話をしていた。
話の内容はいろいろ。
その中でも私にとって嬉しい話が。
その話は美空ちゃんと通話やメッセージのやりとりをしているときにもしていた話題。
それは、美空ちゃんは今年の四月から学校に行き始めたということ。
もう一つは。
私が美空ちゃんと通話やメッセージのやりとりをするようになってから、挨拶程度だけど真宙くんと会話をすることができるようになっているということ。
そのことを改めて美空ちゃんの口から聞くことができて、すごく嬉しくなった。
希望――。
その言葉が頭の中に浮かんだ。
ほんの少しずつでも良い方向へ向かうことができていれば、それは大きな希望につながる。
どうか美空ちゃんも真宙くんも良い方向に向かいますように―――。
そう思いながら、美空ちゃんとの会話を楽しんでいた。
ある土曜日。
私と真宙くんは海に来ている。
約一年前、真宙くんが……想い……を打ち明けてくれたあの海。
真宙くんと恋人同士になってから約一年が経つ。
この一年間、とても幸せで。
これからも、この幸せが続きますように。
「あっ、そうそう、これ希空に」
そう思っていると。
真宙くんは、きれいに包装された物をくれた。
「開けてもいい?」
「もちろん」
真宙くんは笑顔でそう言ってくれた。
わくわく。
そんな気持ちになりながら包装されている物を開けた。
「……‼ これ……」
真宙くんがくれたのは『blue sky』の新曲のCDだった。
「まだ店頭には並んでいない、できたてだよ。
最初に希空に手に取ってもらいたくて」
「ありがとう、真宙くん」
まだ店頭に並んでいない。
そんな貴重なCDをくれるなんて。
そう思うと嬉しくなった。
「希空」
真宙くん……。
真宙くんは私のことを抱きしめた。
それは真宙くんのやさしさに包まれているような。
そんな気持ちになる。
真宙くん。
君と一緒にいると。
元気が出てくる。
勇気が湧いてくる。
真宙くんのおかげで私は少しずつだけど前へ向くことができている。
真宙くん。
本当にありがとう。
真宙くんに感謝の気持ちを込めて。
*end*