「事情は話せませんが、兄と入れ替わってるんです」
 兄。
 俺は目をぱちくりさせた。
 兄がいたのか。
 昴流とは部活仲間なのだ、それなりに話す関係ではあったが、そんな話は初めて聞いた。
「そ、そうなのか……それで男のふりを?」
「そういうことですね」
 昴流はもう一度、はぁー……とため息をついた。今度はさっきより長かった。
「でももう駄目です。誓約は破棄。条件が破られてしまったので」
「それはもしかしなくても俺にバレたからかな」
 連想は容易だったが聞くと昴流は「そうです」と端的に肯定する。
「そりゃ悪かった……」
 事情がどうこうなど聞き出すつもりはなかったが、随分重要な事態なことくらいはわかる。そして俺が不可抗力とはいえ、それをぶち壊してしまったことも。流石に申し訳なくなった。
「一定期間バレなければ成立だったんですけど……仕方ないですね」
 しかし昴流のほうはもう諦めてしまったような様子と口調。そういうリスクは常に頭にあったのだろう。
 それを抱えつつ、一体いつからか……少なくとも弓道部入部時点、つまり春からか。男装して過ごし、部活や学校の面々から隠しおおせていたのだから、たいしたものであるが。
「一定期間ってのは、一年とかか。それともお前の卒業とかか」
 こいつの卒業までであったら、あと二年以上がある。それは流石に無理がないか。
 思ったが昴流は首を振る。
「いえ、一年間です。……あ、正しくは三月頃までで良かったことになるんですかね。『次の桜が咲くまで性別がバレなければ』と約したので」
「桜、ねぇ」
 一体誰とどんな約束をしたのか。やはり聞き出すつもりはなかったが。
「でも仕方がないですから。俺が迂闊だったんです」
 俺のせいではないと言い切れないだろうに、昴流はそう言ってくれた。にこっと笑う。
「まぁ、ラクにはなります。男として生活するのはやっぱり色々大変だったので」
 だが昴流の言い方と様子は悲しそうだった。
 そりゃあそうだろう。男装してまで叶えたいことがあったのだろうから。
 ごめん、とか、なんか償うよ、とか言おうかと思った。だがそれも押し付けになるだろうか。俺は黙ってしまう。
 しかしそこでふと、頭になにかが浮かびそうになった。
 桜?
 ……桜。