「悪かったよ」
 混乱から戻ってきた俺、と『彼女』。
 まさかこんな謎の状況のまま「悪かったな。じゃっ、ばいばいまた明日」なんてできるものか。
 ひとまず落ち着いた学校の裏庭、ベンチ。『彼女』は隣に座って気まずそうに、パックのいちごミルクをすすっている。俺が不可抗力とはいえ、覗きをした詫びに奢ったものだ。
 俺は流衣にラインを入れて、『ごめん、先生に捕まっちまった。悪いけど先帰ってて』と送った。勿論『今度埋め合わせするから』とも付け足したが、流衣は穏やかなスタンプと文面で『仕方ないよ。頑張って! じゃ、明日ね』と返してくれた。
 俺はほっとしたが、状況はまるで改善していないのだった。
「えっと。お前」
 言いかけて止まってしまう。
 隣にいる『彼女』は、俺の知っている普段の姿に戻っていたのだから。
 ワイシャツ、ジャケット、ネクタイ。
 そして、スラックス。
 つまり、男子制服である。
 さっきおろしていた髪はうしろで結ばれていた。
 『彼女』は俺の後輩、鈴木 昴流(すずき すばる)。確かに中性的な見た目のヤツではあったけれど、まさかこんな。
「いえ。俺が気を抜いてたんですから」
 やはり気まずそうに言われた。その口調だって男子生徒である。俺の脳は混乱した。
 さっき見てしまった色っぽい姿の『彼女』と、いつもの後輩の『彼』が頭の中で混ざり合う。
 おまけになんだかその姿を魅力的に感じてしまったのだ。
 さらっとした黒髪が綺麗で。
 くりっとした瞳がかわいらしくて。
 いやいや、綺麗だかわいいだなんて思ってる場合じゃない。俺は思考を原状に戻した。
「えっと……」
 訊こうと思ったが、また同じ言いよどみをしてしまった。単純に「お前、女だったんだな。はははそうかぁ!」なんて笑い飛ばせるはずがないではないか。そんな簡単な問題なものか。
「その、どういう事情で」
 非常に聞きづらかったが見てしまった以上、聞くしかない。
 俺の質問に、昴流はいちごミルクのパックから口を離して、はぁ、と息をついた。観念した、という様子だった。