「あ、……」
 手を動かしてみても、『それ』には当たらない。俺は足をとめてしまった。
「どうしたの?」
 流衣がこちらを見てくる。
「部室の鍵。忘れたみたいだ」
「あら」
 持っていたはずの部室の鍵が、ポケットに入っていなかった。今日は出たのが最後でなかったので施錠する必要もなくて、そのせいで忘れたことに気付かなかったのだろう。
「ごめん、ちょっと取ってきていいかな」
 今すぐ使うというわけではないが、もしも明日の練習、俺が一番乗りだったら部室に入れなくなってしまう。立ちつくしてほかのヤツがくるのを待つのもじれったいし。
 幸い学校からは、歩きだして五分も経っていない。走れば同じくらいの時間で往復できるだろう。
「いいよー。あ、じゃあそこの公園で待ってるよ」
 流衣はちょっと先にある公園を指差した。そこならベンチもあるし、座って待てる。
「悪いな。ちょっぱやで戻ってくるから」
「あはは、ゆっくりでいいよー」
 歳の離れた姉ちゃんから移った、やや死語の表現で言うと流衣はおかしそうに笑って手を振ってくれた。
 そんなわけで……俺は弓道場へ戻るべく来た道を走って戻ったのだった。