「ありがとう。流衣(るい)」
 彼女の下の名前を呼ぶ。
 まぁつまり、そういうことだ。このかわいい女の子は光栄なことに、俺の彼女。今年の春から付き合うことになった。
 ロマンティックにも、桜の咲き誇る樹の下。はらはらと舞い散るピンクの花びらを身に受けながら、彼女に告白されたのだ。
 なので実のところ、この大切な彼女にいいところを見せたくて部活の試合に打ち込んだということも、ひとつあるのだった。
「今日の部活はどうだった?」
 歩きだしてすぐに流衣が聞いてくれた。俺は「まったりしてたよ」と答える。
「もうちょっとしたら冬季大会のことも考えないとだけど、ま、しばらくは」
「今まで大変だったもんね」
「そっちはどう? 手芸部」
「うちもまったりかな。あ、いつもそうか」
 流衣はおっとりと笑う。手先が器用な流衣は、女子らしい手芸部なんてものに所属している。部活はこのように違うのだが、時間を合わせて校門で待ち合わせて、一緒に帰る。
 春からの恋人関係で、こういうことも随分慣れてきた。未だに隣同士歩けばドキドキしてしまうけれど。しかしこのときめきが高校生、青春ではないだろうか。
 ああ、なんたるリア充。
 大会は県大会出場。
 隣にはかわいい彼女。
 俺の人生は順風満帆といって良かっただろう。
 噛みしめていたが、ふとポケットに手を入れて俺は、はたとした。
 ない。
 入れていたはずのものが。