「だから、ほら! 『次の桜が咲くまで』だろ! 咲いてるじゃないか! これで条件クリアじゃないか?」
「……えっ」
 昴流は目を丸くした。
 確かにそういうことになるだろう。無理やりではあるが、まるで的外れとも思わない。
 昴流はしばらくなにも言わなかった。が、その事実がじわじわと胸に染み入っていくのだろう。だんだん顔が明るくなっていった。
「そう、ですね! 交渉の余地はありそうです」
 スラックスのポケットからスマホを取り出して、狂い咲きの桜を写真に撮る。俺は心底嬉しくなった。
 助けてやれたかもしれない。少しは償いになったろう。
「ありがとうございます! 逆咲先輩。これで俺の願いも叶うかもしれません」
 写真を撮ったスマホを胸の前で持って、心底嬉しそうな昴流。
 俺はほっとして、つい聞いていた。
「なにが願いだったんだ?」
 軽い気持ちだった。
 だが、俺は聞いたことを後悔する羽目になる。
「えっ……それは」
 ぱぁっと昴流が頬を染めたのだから。
 え、なんだ。
 思ったのは一瞬だった。
 その顔はなんだか知っているような気がしたので。
 予感だったのか記憶だったのか。両方混ざっていたのか。
「兄との賭けに勝てるように、ですよ」
「はぁ。賭けって」
 なんだか不穏な予感がしたが、ここまできて聞かないわけにはいかない。
 昴流はしばらくもじもじとしていたが、不意にスマホを弄ってなにかを呼び出したようだ。
 画面を向けられ、見せられたもの。
 一枚の写真。
 俺は心臓が潰れそうな思いを味わった。
 そこに写っていたのは昴流だったが、もう一人。昴流とよく似た人物が隣にいた。
 そしてその存在こそが問題だった。
 だって、俺がよく知っている人物だったのだから。
「俺が、……いえ。私が勝ったら兄と入れ替わりを解除して、逆咲先輩とお付き合いさせてもらう。そういう、誓約をしました」
 その言葉はゆっくりと俺の頭をよぎっていった。昴流から告白のようなことを言われたこともそうだが、『兄』が一体誰なのか。それを知ってしまったので。
 到底すぐには受け入れられない事実であったが。
 昴流の持つスマホ画面の中。昴流の隣で、さらりとした黒髪をおろして、くりっとした瞳の目元をゆるめて、穏やかに笑っている『彼女』。
 いや、……『彼』なのである。
 それは俺の彼女だったはずの、流衣だったのだから。


 (完)