「男の子が記憶をなくした時から身に付けていた母親から貰ったであろう小さなペンダントのネックレスだけが、その男の子と母親の記憶だった」


「思い出せなかったのは……」


彼女のどこか不安げな声で言う。


「……殺していたんだ。 その子は、自分の母親を」


ホームの電灯がチカチカと不規則に点滅する。 僕は足元に落ちる僕たち2人の影を見つめた。


「男の子は、自分で母親を殺したということしか思い出せなかったんだ。 どうして殺してしまったのか、最後に母親と交わした会話はなんだったのか、何も思い出せなかった」


そしてその子は、とうとう自分という人間が分からなくなる。

これまでに出会う人に笑いかけた自分、笑いかけてもらった自分。
誰かと喜びを分かち合った記憶も、悲しさを分かち合った記憶も。

彼にとっては、全て嘘に思えてしまった。