「なんだ?秋樹」


ーーつぶらな瞳が、俺を見上げて恥ずかしそうにしている。
秋樹の目線に合わせてしゃがみ首を傾げていると、幼稚園の先生がくすりと笑った。

「秋樹くん。恥ずかしかったら、お家に帰って渡してあげたら?」

「……」

こくりと頷いた秋樹が、ぐいぐいと急かすように俺の腕を引っ張り始めた。
よく分からないが、何かくれるらしい。
秋樹の体を抱き上げて、先生に頭を下げる。

「今日も秋樹がお世話になりました、先生。ほら、秋樹も」

「…ばいばい」

先生はにこにこと笑って、俺に言う。

「柴田さん。秋樹くんって、他の子よりも少し遠慮がちで、恥ずかしがり屋さんだからなかなか感情が表に出にくいですけど…褒めてあげた時は、とっても嬉しそうにしますね」

「そう、ですね」

「今日、とっても頑張っていたので。帰ったら、うんと褒めてあげてください」

秋樹が手に持っている何かのことを指して言っているのだろう。
俺はなんだか待ちきれなくて、先生にお礼を言って足早に家へと戻った。





幼稚園の年中さんになった秋樹は、可愛さをそのままに随分と大きくなった。
風邪を引いたり熱が出たりした時は焦りまくったが、体調面以外は相変わらず殆ど手が掛からなかった秋樹。

抱っこもあまりねだらなくなり、成長は嬉しいが正直少し寂しく思っていた。

そんな折に、秋樹が俺に何かくれるという。
期待しないわけがない。

手洗いとうがいをさせて、リビングに座らせる。
もじもじしている秋樹の動向を、俺はそわそわ伺った。
今か今かと、なかなか動けない。

こういう時、秋樹から言い出すのを待つべきなのだろうか。
それとも、きっかけをあげるべきなのだろうか…
もやもやと考えていたが、やっぱり俺から話を振るのは変な気がしたので、秋樹が話してくれるのをじっと待つことにした。


数分後。
秋樹はようやく立ち上がって俺の側に近付くと、恥ずかしそうに何かを手渡してくれた。

「お、なんだ?」

白々しく反応すると、返ってきたのは蚊の鳴くような声。

「……幼稚園で、描いた」

ーー少しくしゃくしゃになっているそれは、小さめの画用紙だった。
裏返して渡されたそれを表に返すと、

「……」

俺だと思われる似顔絵と、その上に書かれた「いつもありがとう」の文字。
黙り込んでしまった俺の反応を不安に思ったのか、紙を奪われそうになったので、立ち上がって死守する。
もう一度じっくり秋樹の作品を見つめて、俺は思わず感極まってしまった。

「なあ…これ、俺なのか」

「…うん」

「そっくりじゃんか…」

ーー昔、俺が幼稚園の時に描いた絵を母さんが大事にしまっているのを見て、「こんな落書きなんで大事にしてるんだ?」と疑問に思っていたのだが。
今は、自分でも引くほどその気持ちが分かった。

「うわー…明日額縁買ってくるわ」

「……」

「ありがとな、秋樹。お前、絵も字も上手いんだなぁ」

下を向いてしまった秋樹は、どうやら照れているようだった。
その姿が褒められている秋樹以上に嬉しくて、叔父バカ全開で褒めちぎった。

「将来は画家になるのも有りだな。いや、書道家ってのもいいかもな」

「……」

「綺麗に飾るからな。また描くことがあったら、遠慮なく見せてくれよ。楽しみにしてるぞ」

恥ずかしそうに俯く秋樹。
その頭を優しく撫でて、もう一度貰った絵を眺める。

なんだかむず痒くて、しばらくにやにやが止まらなかった。





翌日。

額縁を買って、リビングのど真ん中の壁に秋樹の作品を飾った。
金色の額縁が、作品をより良く際立たせている。

「おーい、秋樹ー」

ぱたぱたと走ってきた秋樹を抱き上げて近くで見せてやると、秋樹は嬉しそうに笑った。

「…ぼくの、絵だ」

「そうだ。お前が描く度に飾ってやるからな」

「…新しく描いたら、これはどうなるの?」

「秋樹…世の中にはな、アルバムってもんがあるんだ」

床に降ろし、アルバムを開いて見せた。
写真とは別のアルバムなので、いくらでも秋樹の絵を保管できる。

「力作を頼むぞ」

「うん」

いつか上手いこと編集して、カレンダーにするつもりだ。


「…うーん…絵具とパレットも買うか…」

「?」