「ええ!?」
ーー思わず大きな声が出てしまって、慌てて口を抑える。
向かいのアパートに住んでいる友達が、びっくりして振り返るのが見えた。
「秋樹ー?大丈夫かー?」
「ご、ごめん!平気!」
軽く手を振って謝ってから、持っていたものを穴が空くほど凝視する。
ポストに入っていたそれは、なんと結婚報告の葉書だった。
「お、秋樹。どした?」
今度は隣の部屋に住んでいる友達が出てきて、声をかけられた。
僕は平静を装ったまま、笑って葉書を見せる。
「あー…結婚したっていう、葉書が届いて」
「へー、めでたいじゃん。同級?」
「いや…」
宛名の面を、間違い無いかどうか何度も確認したけれど、もう一度見つめる。
「叔父さんの…」
* * * * *
『おー、届いたか。ごめんな、葉書の報告になって』
ーーー大学生になって初めての夏休みを迎えて、二週間が経った頃のこと。
課題に追われながらも大学生活を毎日楽しく過ごしていた僕に、一通の葉書が届いた。
その葉書はなんと、おじさんからの結婚報告で。
まさに晴天の霹靂。本当になんの前触れもなく、あまりにも突然で、衝撃的な報告だった。
だって、ついこの前まで一緒に暮らしていたんだから。
女の人の影なんてこれっぽっちも無くて、逆に心配していたくらいなのに。
それが突然結婚?
びっくり、というより、むしろショッキングに近かった。
だというのに、急いで電話して確認してみれば当の本人はのほほんとした態度で。
それどころか「そんなことより元気か?」なんて言うから、僕は語気強く質問を重ねた。
「おじさん。結婚するだなんて、あまりに唐突すぎるよ。恋人がいたことも知らないのに。おばあちゃん達は知ってるの?相手の方はどんな人?ていうか、いつから付き合ってたの?」
『あー…秋樹、落ち着けよ。別に内緒にしてたわけじゃないんだ…なんか、言い出しにくかっただけで』
「はぁ…僕この前、何泊かしたよね?その時は?もう付き合ってたんでしょ?言ってくれれば控えたのにさ…」
言いたいことがあり過ぎて、何から言えばいいか分からない。
わたわたと言葉を連ねる僕に、おじさんは申し訳なさそうな声音で言った。
『本当、悪かった…そんな反応が返ってくるとは思ってなくて』
「そりゃ、ついこの間まで一緒に住んでたのに急に結婚しただなんて、誰だってびっくりするよ…」
『…そうだよな…ごめん』
「…いいけどさ」
僕のことは根掘り葉掘り聞きたがるのに、自分のことはあまり話してくれない。
中学生くらいの時から、おじさんは結婚しないのかな、僕のせいかな、なんて思ったりしたこともあったからーー結婚すると聞いて、本当にとっても嬉しいんだけれど。
贅沢を言うと、もう少し違う知り方をしたかった。
付き合ってる人がいるとか、結婚しようと思ってるとか、一言くらいあったっていいじゃないか。
何もこんな急に報告しなくたって。しかも葉書で。
「…おじさん。もし僕が結婚するってなったら、葉書で知らせてあげるからね」
『悪かった…そうだな、本当にそうだな。頼むから、その時はあらかじめ教えてくれ…』
「でしょ?おめでたいことなんだから、手放しでお祝いさせてよ。せめて電話とか、この前泊まりに行った時とかにさ。教えてほしかったな」
そこまで言って、僕は一つため息をついた。
ーーおめでたいことなのに、こんなくどくど言っちゃダメだよね…。
「まぁ、詳しいことはまた今度聞かせて。とにかく、おめでとう、おじさん」
最後にもう一度謝られた後、電話を切る。
謝らせるなんて最悪だ、僕…。
自己嫌悪に陥りながら、目の前の布団に思い切り倒れ込んでみた。
体が一気に脱力して、思考がふわふわと浮いたようになる。
「おじさんが結婚…」
一人ぽつりと呟いた後、遅れて湧いてきた喜び。
おじさんが結婚した。そうか、そうか…。
ということは、僕に叔母さんができるんだ。
家族が、増えるんだ。
「そっか…」
おじさんが自分の幸せに目を向けてくれたことだって、舞い上がるほど嬉しいのに。
僕はこの気持ちをどうしたらいいのか分からなくて、ただただ枕に顔を押し付けて、一人でずっとにやにやしていた。